「SAP 未経験」で検索する人の頭の中は、たぶん二つに割れています。一つは「未経験でも本当に入れるのか」という入り口の不安。もう一つは、その先――「で、結局これは何年やれば独立まで届くキャリアなんだ」という、まだ口に出していない問いです。後者を考えている時点で、あなたはもう半歩前に出ています。ただ、検索して出てくるのは「SAPは稼げる」「未経験でも年収◯◯万」みたいな、入り口だけ甘く塗った話が多すぎる。私はそういう書き方をしません。
私はアビームコンサルティング、アクセンチュアでSAP(会社の会計や購買、在庫、人事などを一本につないで動かす業務システム)の財務会計(FI=エフアイ。会社のお金そのものを扱う、システムの中核の領域)の導入をやってきて、いまはNever Redという会社をやっています。プロジェクトマネージャー(現場全体の責任者)として、未経験で入ってきた人が伸びる様子も、途中で折れる様子も、すぐ隣で見てきました。この記事では「何年目に何を身につけるか」を逆算で並べます。年数は目安です。盛りません。人によって前後します。でも順番には意味があって、これを間違えると同じ景色をぐるぐる回ることになる。そこだけは正直に書きます。
まず「独立まで」の意味を一段下げて定義する
独立、と聞くと多くの人が「フリーランス(会社に属さず個人で仕事を請ける働き方)として高い単価で案件を取る」姿を思い浮かべます。間違いではないけれど、それは結果であって目標ではない。独立というのは要するに「自分の名前で、自分の判断で、お金になる仕事を回せる状態」のことです。SAPの文脈でこれを分解すると、たった三つになります。①壊さずにシステムを動かせる手の技術、②現場の業務をシステムに翻訳できる頭、③人とプロジェクトを動かせる胆力。逆算ロードマップというのは、この三つをどの順番で積むか、という話に尽きます。
ここで一つ、誤解をほどいておきたい。SAPコンサルはプログラマー(コードを書く技術者)とは違います。コードをカリカリ書く仕事だと思って入ると、最初の半年で「あれ、思っていたのと違う」となる。本質は、目の前の経理担当者が「月末の締めがしんどい」と言っている、その業務の中身を理解して、それをシステムの設定や仕組みに翻訳することです。実際、私が見てきた未経験スタートで強かったのは、ばりばりの技術者より、業務がわかる人――たとえば経理の出身者だったりしました(この道筋は経理からSAPコンサルへ転身した実話に当事者の話を書きました)。
そして大事なのが、独立を「ゴール」ではなく「ある時点で選べるようになる選択肢」と捉えること。何年で独立、と期限を先に切ると、準備が整う前に飛び出して安く買い叩かれる。逆に、力がついても会社にしがみつく人もいる。このロードマップの目的は、出るか出ないかを自分で選べる地点まで、あなたを連れていくことです。最短で飛び出させることではありません。
1〜2年目:壊さない手と、現場の言葉を覚える
最初の1〜2年は、とにかく「現場で使われている言葉」と「壊さない作業」を体に入れる時期です。未経験で入ると、最初はテスト(設定どおりに動くか一つずつ確認する作業)やマニュアル作り、データの確認といった、地味な役回りから始まります。ここで腐る人と伸びる人がくっきり分かれる。私が隣で見てきた限り、差がつくのは頭の良さではありません。同じテストを渡されたとき、画面に表示された数字を「合ってた/合ってない」で終わらせる人と、「この数字はどの伝票から来て、なぜこうなるのか」を毎回一段だけ深く見にいける人。後者は半年で景色が変わります。
具体的に身につけるべきは、FI周りの基本的な流れ――伝票(取引一件ごとの記録)がどう起票され、月次決算(毎月の締め)でどう集計され、貸借対照表(その時点の資産と負債の一覧表)や損益計算書(一定期間のもうけを計算した表)にどうつながるか、という骨格です。難しい設定を一つでも多く覚えることより、この「お金の流れの地図」が頭に入っているかどうかが、後でじわじわ効いてきます。最初の現場でこの地図が描けるようになると、二つ目の現場での吸収速度がまるで違う。私自身、最初のプロジェクトで先輩に「設定の前に、この会社のお金がどこからどこへ動くか紙に描いてみろ」と言われたのを、いまも未経験者に同じ言葉で渡しています。
単価の話を控えめにしておくと、この時期はまだ「教わりながら稼ぐ」フェーズです。会社員として動くのが普通で、月の単価(会社がクライアントに請求する金額の目安)は未経験スタートでおよそ60〜75万円あたりから――これはあくまで目安で、人や案件、所属によって上下します。ここで焦って単価や独立を口にしないこと。今は技術を仕入れている期間です。いちばん割が合わなく見えて、実はいちばんリターンの大きい投資をしている時期だと、後になって必ずわかります。
3〜4年目:翻訳する頭と、自分の担当領域を持つ
3年目あたりから、作業者から「設計する側」へ重心が移っていきます。ここで身につけるのが、さっき言った②の翻訳する頭です。クライアントの経理担当が「うちはこういう運用がしたい」と言ったときに、それをSAPの設定に落とし込み、できること・できないこと・無理に通すと後でどこが壊れるかまで見通して提案できる。この「業務とシステムを行き来できる」状態になって、あなたは初めて替えの効かない人になります。設定だけなら覚えれば誰でもできる。難しいのは、相手がまだ言葉にできていない要望を、こちらが先に言葉にしてあげることです。
この時期にやっておくべきは、得意領域を一つ、旗として立てることです。FIの中でもどこか――たとえば固定資産(建物や機械など、長く使う資産の管理)とか、債権債務(取引先との入金・支払いの管理)とか、連結(グループ会社をまとめた決算)とか、自分が語れる柱を一本決める。「SAPなら何でもやります」は、未経験から数年の段階ではむしろ弱い。一点突破で「この領域ならあの人に聞け」と言われる方が、後で仕事を呼びます。私自身、FIという軸を腹をくくって決めたことが、その後のすべての分岐点になりました。何でも屋でいたら、たぶん今の自分はいません。
同時に、3〜4年目は「人を通して仕事をする」訓練が始まる時期でもあります。後輩の成果物をレビュー(確認して直しを入れること)したり、小さなチームの取りまとめをしたり。独立を視野に入れるなら、ここで「自分が手を動かす」から「人を動かしてプロジェクトを前に進める」への移行を、意識的に一度経験しておく。独立後にいちばん効くのは、技術そのものより、実はこの調整する力だったりします。一人で完結する仕事は、思っているよりずっと少ないからです。
5年目以降:独立を「選べる」地点に立つ
おおよそ5年前後――ここも本当に人によりますが――で、独立を現実的な選択肢として机に乗せられる地点が見えてきます。判断材料はシンプルで、「自分の名前で、業務もシステムも一人称で語れる領域があるか」「初対面のクライアントの前で、相手の課題を聞いて、その場で道筋を示せるか」。この二つにためらわず頷けるなら、技術の面では出る準備はできています。プロジェクトマネージャーの経験まで積めていれば、単価の目安はぐっと上がって、その級でおよそ月250〜300万円あたり――これも上限を保証する数字ではなく、案件の規模や担う役割で大きく変わる目安です。
ただ、ここで一つだけ釘を刺します。技術が独立の準備の半分なら、もう半分は「仕事を取る」「お金を管理する」という、SAPとはまったく別の筋肉です。優秀なコンサルが独立してつまずく原因は、たいてい技術不足ではない。営業が怖くて動けない、声をかけられた最初の案件を相場より安く受けすぎる、そういう別のところでつまずきます。この生々しい話は最初の案件を安く受けてしまうのはなぜかに正直に書いたので、独立が見えてきた人ほど早めに読んでおいてほしい。技術を磨くより、この一歩でつまずく人の方が多いと、私は本気で思っています。
そして、何年で独立、という数字に縛られないこと。5年で出る人もいれば、7年目に出てちょうどよかった人もいる。3年で力をつけて、独立せず社内でプロジェクトを率いる道を選ぶ人もいる。どれも負けではありません。この逆算ロードマップは「最短で飛び出せ」という煽りではない。むしろ逆で、準備の積み残しを一つずつ潰していけば、いつ出ても通用する状態が自然に近づいてくる――その順番を示しているだけです。
ロードマップを実際に歩くための、最初の一歩
ここまで読んで、「年数の地図はわかった。で、未経験の自分は明日何をすればいいのか」と思っているはずです。逆算ロードマップの一番の落とし穴は、全体像が見えて満足してしまって、入り口の最初の一段を踏み出さないこと。地図を眺めるのと、実際に歩くのは別の行為です。
最初の一歩は、シンプルに「SAPコンサルという仕事の実像を、入る前にできるだけ正確に知る」ことです。SAP未経験の人が早い段階でつまずく最大の原因は、能力不足ではなく、入る前のイメージと現実のズレだと、私は見てきました。プログラミングの仕事だと思っていた、英語ができないと無理だと聞いていた、毎晩終電だと覚悟していた――こうした思い込みを一つずつほどいてから入った人は、最初の1年の伸び方が明らかに違う。仕事の中身、向き不向き、未経験での入り方を整理した未経験からSAPコンサルになるにはを、この記事の続きとして読んでみてください。
最後に、当事者として一つだけ。SAPのキャリアは、派手さはありません。地味な設定とテストの積み重ねで、人に見せて映える瞬間はほとんどない。でも、会社のお金の流れという、企業のいちばん根っこを動かす仕事です。需要は静かに、確実にある。そして未経験から始めて、数年後に自分の名前で立てるようになった人を、私は何人もすぐ近くで見てきました。年数は目安にすぎません。順番を間違えず、最初の一段を今日踏み出せるかどうか――独立まで届くかどうかは、たぶんそこで半分決まっています。