退職日が決まって、まだ1件も受注していない時期に、「で、おいくらですか」と聞かれる日が来ます。

そのとき困るのは、金額そのものではありません。その金額を出していい理由が、自分の中にないことです。

相場を調べれば数字は出てきます。でも、その数字は他人の実績の上に乗っている数字で、こちらにはまだ何も乗っていない。だから口に出す直前で怖くなって、自分から下げる。これが、独立して最初の1件でいちばん多い事故です。

実績がない状態で通す方法は、単価を下げることではありません。範囲と期間を小さくすることです。

この記事では、相場を並べません。実績ゼロで見積の根拠をどう作るかだけを書きます。相場の水準そのものを先に知りたい方は独立コンサルの単価相場、値付けの考え方全般は独立コンサルの単価の決め方に書きました。この記事は、その手前――まだ1件も無い人が、最初の1枚をどう組むかに限定します。

「最初の1件」については、当社は3本を役割で分けています。この記事は**3本目(値付け)**です。まだ話が来ていない段階なら、先に上の2本を読んでください。

知りたいこと読む記事
始め方の順番全体(手続き・契約・入金まで)個人でコンサルを始めるには
看板が外れたあと、1件目をどう取りに行くか独立コンサルの最初の1件は、どこから来るか
話がまとまったあと、その1件をいくらで出すかこの記事

先に結論|最初の1件は「相場」ではなく、3つの逆算で決める

最初の見積で使う根拠は、次の3つだけです。

逆算何を出すか使いどころ
①生活費からの逆算下限(これを割ると続かない線)自分の中に持つ。相手には言わない
②工程での区切り仕事の値段(自分の値段ではなく)見積書に書く
③期間での区切り相手のリスクを下げる形単価を下げずに通すための提案

順番が大事です。①で自分の床を決め、②で見積の書き方を「人の値段」から「仕事の値段」に移し、③で相手が決裁しやすい形にする。①を飛ばして②③をやると、交渉の途中で床が抜けます。

なぜ相場表を見ても決められないのか

相場の数字が役に立たないのではありません。使う場面が違うだけです。

相場は、すでに提示できる実績がある人が「自分は上か下か」を測るための物差しです。実績が1件もない段階でその物差しを当てると、答えは毎回「自分は下だろう」になります。比べる材料が無いので、当然そうなる。

そしてもう一つ。相場表の数字は、たいてい継続稼働している人の月額です。最初の1件は、たいてい継続でもフルタイムでもありません。性質の違う数字を並べて比べているので、噛み合わないのが正常です。

だから最初の1件では、相場を根拠にしないでください。根拠は、次の3つで自分で作ります。

逆算①|生活費から、自分の下限を出す

最初にやるのは、これを割ったら続かないという線を自分の中に持つことです。これは相手に言う数字ではありません。交渉中に自分が折れないための、床です。

前職の年収を12で割る、という出し方はしないでください。会社員のときの年収は、社会保険料の会社負担分も、有給も、仕事が無い月の給与も、全部会社が飲んだ後の数字です。独立するとそれが全部こちら側に来ます。

出し方は積み上げです。

必要年商 = 生活費(年) + 社会保険料(年) + 税(所得税・住民税・事業税の見込み) + 事業経費(年)

下限の月額 = 必要年商 ÷ 想定稼働月数

ここで効くのが、想定稼働月数を12にしないことです。初年度は、営業している月・案件の端境期・立ち上がりの月が必ず入ります。当社の場合、初年度は9〜10か月で置きました。12で割った数字を下限にすると、稼働できなかった月がそのまま赤字になります。

数字の入れ方の例を、仮の数字で置きます(当社の実際の受注額は非開示です。ここは考え方の型としてだけ使ってください)。

項目年額(仮)備考
生活費家賃・食費・保険・教育費など、手取りで出ていく分
社会保険料国民健康保険+国民年金。会社負担分がなくなる
所得税・住民税・個人事業税。住民税は前年の所得で来る
事業経費通信・PC・書籍・交通・会計ソフトなど
合計=必要年商A
÷ 想定稼働月数(初年度は9〜10)=下限の月額

自分の数字を入れると、たいてい思っていたより高い金額が出ます。そこで「こんな額、通るわけがない」と思うのが普通です。でもここで下げてはいけません。下限は、通す額ではなく、割ってはいけない線です。通し方は逆算②と③でつくります。

生活費と手元資金をどこまで用意しておくかは独立に必要な貯金はいくらかに、独立直後にかかる手続きと固定費の全体像は独立直後の3か月に、実際にやったことに分けて書きました。

逆算②|工程で区切ると、「自分の値段」が「仕事の値段」に変わる

実績がない状態で人月の単価を出すと、相手が見るのはあなたの経歴だけです。比べる材料が経歴しかないので、値切りの理由も経歴になります。「まだ独立したばかりですよね」で終わる。

これを避けるには、見積の単位を人から工程に変えることです。

たとえば同じ仕事でも、書き方でこう変わります。

  • 人で出す:「月◯日稼働、月額◯円」→ 相手が見るのは、あなたが月額◯円の人かどうか
  • 工程で出す:「現状業務の棚卸しと課題の一覧化。6週間。成果物=業務一覧・課題一覧・優先順位案の3点」→ 相手が見るのは、その3点にその額を払う価値があるか

後者になると、実績がないことは値付けの主な争点から外れます。争点が「この人はいくらの人か」から「この成果物にいくら払うか」に移るからです。

工程で区切るときのコツは3つあります。

  1. 成果物を名詞で書く。「支援します」「伴走します」は工程になりません。渡すものを名詞で書けないなら、まだ範囲が決まっていないということです
  2. やらないことを1行書く。「本稿の範囲に、システムの設定作業は含みません」。これがないと、あとで無償で範囲が広がります
  3. 前提を書く。「現行の業務フロー資料の提供を前提とします」。前提が崩れたら期間と金額を見直す、という根拠になります

3つとも、実績の代わりに効きます。**実績がない人の見積で相手がいちばん不安なのは、金額ではなく「どこで終わるか分からないこと」**だからです。

なお、稼働の形そのものは契約の型で変わります。準委任と請負の違いは準委任契約とは何か、契約書で見るべき項目は業務委託契約書のチェックに書きました。

逆算③|期間を短く切る。単価ではなく、相手のリスクを下げる

最初の1件で、相手が本当に迷っているのは金額ではありません。外れたときにどうなるかです。

まだ一緒に仕事をしたことがない相手に、いきなり6か月・フルタイムを提案すると、決裁する側は「外れたら6か月分の損」を想像します。だから値切る。値切りは、金額への不満ではなくリスクへの不安の表れであることが多い。

そこで、値段を下げる代わりに期間を短くします

  • 6か月・週4日 → まず6週間・週2日で、棚卸しと課題一覧まで
  • 3か月・月額 → 1か月・成果物3点で区切り、続きは別途

こうすると、相手が背負う金額の総額が下がります。総額が下がると、単価を下げる理由が消えます。単価は仕事の密度で決まる数字で、総額は期間で決まる数字なので、片方だけ下げられる。ここを分けずに交渉すると、期間も単価も両方下げられます。

短く切ることには、こちらにも利点があります。外れた相手と6か月固定されないこと、そして次の見積のときに「前回やった実績」が自分名義で1件できることです。最初の1件の目的は、大きく稼ぐことではなく、2件目を自分の根拠で出せる状態を作ることです。

そのうえで、2件目以降にどう上げていくかは独立コンサルが単価を上げるには、実際の交渉の言い方は単価交渉の進め方に分けて書きました。

出す前に必ず決めておく、3項目

金額が決まっても、次の3つが空欄のまま出すと、あとで実質の単価が下がります。最初の1件で下がるのは、たいていこの3つ経由です。

1. 稼働日数の定義。「週2日」が、週2日なのか月8日なのか。祝日のある月はどうなるのか。超えたぶんは請求できるのか。ここは業務委託の稼働日数はどう決めるかに分けて書きました。定義が空欄だと、忙しい月に無償で増えます。

**2. 交通費・経費の扱い。**見積額に含むのか、実費を別途請求するのか。訪問が月に何回あるかで、手元に残る額はかなり変わります。「別途実費」の一行を入れるだけで済みます。

**3. 消費税を、税抜か税込か明記する。**書いていないと、相手は税込で読みます。1割の差は、初回の見積では大きい。免税か課税かを含めた扱いはフリーランスの消費税に書きました。

この3つは、金額を上げる交渉ではありません。書いていないから減る分を、減らさないだけです。実績がなくても、ここは堂々と書けます。

実績が無いことを、どう書くか

最後に、見積に添える経歴の話です。

やってはいけないのは、独立後の実績が無いことを隠すために、前職の案件を自分の実績のように書くことです。守秘義務の問題もありますし、面談で1段深く聞かれた瞬間に崩れます。

書き方は、固有名ではなく役割と工程です。

  • ×「◯◯社の基幹システム刷新を担当」
  • ○「製造業の会計領域で、現行業務の棚卸しから要件定義まで。担当は◯◯の工程」

固有名を出さずに、やった工程と役割の粒度で書く。この書き方なら、独立前の経験でも正直に使えます。詳しくは独立するときの実績の書き方に書きました。

そして、「独立したばかりです」は自分から言わなくていいです。聞かれたら正直に答える。ただ、聞かれてもいないのに言うと、値引きの入口を自分で開けることになります。

やってはいけない値付け、3つ

1. 先に「ご予算はいくらですか」と聞く。 自分の根拠を持たずにこれを聞くと、その額が以後ずっと基準になります。相手の予算を聞くのは、①の下限を自分の中に持ってからです。順番が逆だと、下限より低い予算を言われたときに断る理由が作れません。

2. 初回だから、と自分から下げる。 最初に出した額は、次の見積の出発点になります。下げて入ると、2件目で「前回はこの額でしたよね」から始まる。安く受けてしまう構造そのものは最初の案件を安く受けてしまうのはなぜかに書きました。下げるのではなく、期間を短くする(逆算③)。

3. 相場表の中央値を、そのまま出す。 根拠を聞かれたときに答えられません。「相場がこうなので」は、相手にとっては根拠ではなく引用です。減額を打診されたときの受け答えは単価の減額を打診されたらに書きましたが、そこで効くのは相場ではなく、逆算②で書いた工程と成果物です。

まとめ

  • 最初の1件の値段は、相場ではなく3つの逆算で組む
  • **①生活費から下限を出す。**想定稼働月数は12ではなく、初年度は9〜10で置く。下限は相手に言わない、自分の床
  • **②工程で区切る。**成果物を名詞で書き、やらないことと前提を1行ずつ入れる。争点が「自分の値段」から「仕事の値段」に移る
  • **③期間を短く切る。**値切りは金額への不満ではなくリスクへの不安。単価ではなく総額を下げると、単価を下げる理由が消える
  • 出す前に、稼働日数の定義・経費の扱い・消費税の内訳の3つを埋める。空欄のまま出すと、実質の単価が下がる
  • 実績は、固有名ではなく役割と工程で書く。「独立したばかりです」は自分から言わない

最初の1件で目指すのは、大きな金額ではありません。2件目を、自分の実績と自分の根拠で出せる状態にすることです。そのために、下限だけは割らないでください。

いま自分の下限がいくらで、どこが空いているのかを先に見ておきたい方は、30秒の独立準備度チェックをどうぞ。登録は要りません。

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出典:本記事に、当社の実際の受注額・単価の金額は記載していません。逆算の式に入れる数値はすべて読者が自分の数字を入れる前提の型であり、相場の推定値を当社が置いたものではありません。想定稼働月数を初年度9〜10か月で置く点、および工程・期間の区切り方は、当社および当社が関与した取引での観測に基づく整理であり、統計調査ではありません。

※本記事は当社の実務経験と社内記録に基づく整理です。税・社会保険の金額と契約条件は、個別の事情と契約内容で結論が変わります。実際の判断は税務署・市区町村の窓口・年金事務所、および契約相手との合意内容でご確認ください。