「もう経理をやめたい」。月末や決算期の夜に、ふとそう思ったことがある人は多いと思います。私も会社員時代、締めが重なった週の帰り道で、何度もそれを口の中でつぶやきました。ただ、あとから振り返ると、あの「やめたい」には全然ちがう理由が二つ、いつも混ざっていました。切り分けないまま勢いで辞めると、次の場所で同じ景色を見ることになる。この記事は、経理をやめたい気持ちの正体を一度ほどいて、辞める前に「自分は本当は何から離れたいのか」を整理するための記事です。経理という仕事をやめる話ではなく、その前に一回だけ立ち止まる話です。

「経理をやめたい」には、たいてい二つの理由が混ざっている

私が自分の気持ちを整理して分かったのは、「やめたい」と思うとき、そこには性質のちがう二つの疲れが同居しているということでした。

一つは、今の職場がしんどいという疲れ。人間関係、評価されない感じ、月末の残業、経営陣から経理が「コスト」としか見られていない空気。これは会社や環境の問題です。もう一つは、経理という仕事そのものに向いていない気がするという疲れ。数字の細かさが合わない、同じ作業のくり返しに意味を感じられない、というもの。これは仕事の中身の問題です。

やめたいのが「今の会社」なのか「経理そのもの」なのか。ここを切り分けないまま辞めると、次の会社でも同じ壁にぶつかる。

厄介なのは、この二つが夜の頭の中では一つに溶けて見えることです。職場がつらい日は、経理という仕事まで嫌いになる。でも冷静に切り分けると、多くの人は「経理が嫌い」なのではなく「今の環境で経理をやるのがしんどい」だけだったりします。私自身がそうでした。まずはこの一点だけ、紙に書き出してみてほしいんです。

しんどさを「三つの箱」に分けて書き出してみる

気持ちの整理は、頭の中でやると必ず堂々めぐりになります。私がおすすめするのは、いま感じている「やめたい理由」を、次の三つの箱に一度ぜんぶ振り分けてみることです。

  • ①環境の箱:人間関係、上司、評価、給料、残業、会社の文化。人や場所を変えれば消える種類のしんどさ。
  • ②役割の箱:ずっと同じ入力作業、裁量がない、成長している感じがしない。同じ会社でも役割が変われば軽くなる種類。
  • ③仕事の中身の箱:数字そのものが苦痛、締め切りに追われる構造が合わない。これは経理という職種の本質に近い部分。

書き出してみると、たいていの人は①と②に理由が集中します。③に本気で丸がつく人は、実はそんなに多くない。私が見てきた「経理をやめたい」と言っていた人の多くも、よく聞くと「この会社の、この役割の、この扱われ方が嫌」なのであって、仕訳や決算そのものを憎んでいるわけではありませんでした。

もし①と②が中心なら、選ぶべきは「経理を捨てる」ことではなく「経理を続ける場所ややり方を変える」ことです。③が中心なら、はじめて職種そのものを離れる選択が視野に入ってきます。どの箱が重いかで、次の一手はまったく変わる。

経理は「潰しが利かない」どころか、いちばん潰しが利く

経理をやめたい人がよく口にするのが、「このまま経理を続けても潰しが利かない」という不安です。私は、これはまったく逆だと思っています。経理は、社会人のスキルの中でも相当に「持ち運べる」ものです。

理由はシンプルで、会社の数字を読める人・作れる人は、どの業界でも足りていないからです。仕訳を切れる、月次を締められる、決算の全体像が分かる、資金繰りが見える。これらは業種が変わっても価値が消えない。営業や企画のスキルは会社ごとに事情が変わりますが、会計のルールはどこへ行っても共通言語です。私が経理・財務のしくみを直す仕事を続けてこられたのも、この「共通言語であること」に支えられていました。

経理で身につけた「数字で会社を語れる力」は、辞めても消えない資産。問題はそれをどこで使うか。

だから「経理をやめたい」と思ったときに本当に考えるべきは、経理を捨てることではなく、この持ち運べる資産をどこに向けて使い直すかです。同じ経理でも、扱われ方の違う場所へ移す。あるいは経理の知識を土台に、少し隣の仕事へずらす。捨てるにはもったいなさすぎる、というのが正直な実感です。

辞める前に検討したい、四つの現実的な道

気持ちを三つの箱に分けたうえで、私が実際にまわりの経理の人に伝えてきた「次の道」は、大きく四つあります。極端な決断の前に、この幅を知っておいてほしい。

①同じ経理で、会社を変える

①環境の箱が重いなら、これがいちばん素直です。経理という仕事は同じでも、経営陣が数字を大事にする会社に移るだけで、扱われ方も景色も変わります。同じ職種での移り方は経理から転職する道の考え方に整理しました。まずは「経理を続ける前提で、環境だけ変える」を最初の選択肢に置いてほしい。

②社内で役割をずらす(管理会計・経営企画へ)

②役割の箱が重いなら、社内で経理の隣へ移る手があります。日々の記帳から、予算や事業別の数字を経営に届ける管理会計・経営企画へ。同じ数字でも、「締める仕事」から「使う仕事」に変わると、意味の感じ方がまるで違ってきます。私自身、数字を「作る」だけでなく「経営の判断に効かせる」側に立ったとき、はじめて経理の面白さを本気で感じました。

③経理の知識を土台に、コンサル・SAPへ広げる

「作業が単調でしんどい」の裏に「もっと仕組みそのものを直したい」があるなら、経理の知識を武器に、業務改善やシステム側へ広げる道があります。経理の実務が分かる人は、経理からSAPコンサルへ転身するときに強い。なぜなら、システムを入れる側は「現場の経理が何に困っているか」を分かっている人を欲しがるからです。未経験からの入り方はSAP未経験からコンサルになる現実にも書きました。数字の細かさに疲れた人が、仕組みを設計する側にまわって生き返る例を、私は何度も見ています。

④経理そのものから離れる

③仕事の中身の箱に本気で丸がついた人だけが、ここを選ぶべきだと思います。数字そのものが苦痛で、それが環境や役割の問題ではないと確信できるなら、離れる決断も正解になり得ます。ただ、その場合でも「経理を経験した」という事実は次の仕事で効きます。捨てるのではなく、土台として持っていく感覚で離れてほしい。

辞めて後悔する人と、しない人の違い

同じように経理をやめても、あとで「よかった」と言う人と、「早まった」と言う人がいます。その差を見ていると、辞めた先の会社や職種そのものより、辞める前の切り分けができていたかどうかでほぼ決まっていました。

後悔しやすいのは、①〜③の箱を分けないまま、夜のしんどさの勢いで動いた人です。環境が嫌なだけだったのに「経理そのものが向いていない」と思い込んで職種ごと変え、次の場所で「やっぱり数字の仕事が好きだった」と気づく。これは順番を飛ばしたことで起きる後悔で、本人の能力とは関係ありません。

後悔しにくいのは、逃げる先ではなく、活かす先を決めてから動いた人です。「今の会社の扱われ方が嫌だ、だから数字を大事にする会社へ移る」「作業の単調さが嫌だ、だから仕組みを直す側へ広げる」。理由と行き先がひとつながりになっていると、辞めた後の景色に納得がいく。私自身、切り分けをしてから動いたときは迷いが残りませんでしたが、切り分けずに動きかけた時期は、いま思い出しても危うかったと感じます。

後悔の分かれ目は、辞めた先の正解を引けたかではなく、辞める前に「何から離れて、何を活かすか」を言葉にできたか。

勢いで辞める前に、私が必ず立ち止まる三つの問い

最後に、私が「もう辞める」と思った日に、自分に問い直していたことを三つ渡します。夜のテンションで結論を出さないための、ブレーキのようなものです。

  1. 辞めたいのは会社か、役割か、経理そのものか。 三つの箱のどれが重いかを、一度紙に書いたか。書かずに決めていないか。
  2. 今のしんどさは、環境を変えれば消えるものか。 消えるなら、辞める理由の大半は「経理」ではなく「今の場所」だと分かる。
  3. 経理で得た数字の力を、次はどこで使うと決めたか。 逃げる先ではなく、活かす先を一つでも言えるか。

この三つに答えを出してから動くと、同じ「経理をやめる」でも、逃げの退職ではなく、選び直しの一歩になります。私は勢いで動きかけた時期がありましたが、立ち止まって切り分けたことで、経理で培った数字の力を捨てずに次へ進めました。

経理をやめたい気持ちは、あなたが弱いから湧くものではありません。ただ、その気持ちの中身がまだ切り分けられていないだけです。今日、十分でいいので、三つの箱に理由を振り分けてみてください。それだけで、次に取るべき一手が、驚くほどはっきり見えてきます。

※制度・税務・雇用まわりの具体的な手続きは、状況によって変わります。最新の内容や個別の判断は、必ず公式情報や専門家(社労士・税理士など)で確認してください。