「経理って安定してるけど、年収は頭打ちになりやすいですよね」——経理の方と話すと、よく出てくる本音です。結論から言うと、その感覚はおおむね正しい。ただし、止まる理由と、上げる人がやっていることは、はっきりしています。経理から出発し、SAPのFI導入をPMまでやった立場で、年収が一段上がる条件を正直に整理します。

なぜ経理は頭打ちになりやすいのか

経理の年収が伸び悩みやすいのには、職種の構造的な理由があります。

  • 成果が数字で見えにくい。 営業のように「いくら売った」と示せる仕事ではありません。決算を正確に、期日どおりに締める——これは極めて重要な仕事ですが、「できて当たり前」と見られやすく、上振れの評価につながりにくい。
  • 「守り」のコストと見なされやすい。 経理は多くの会社で間接部門(コストセンター)に置かれます。人を増やす・給与を上げる動機が、営業や開発ほど強く働きにくい。
  • 標準化・自動化が進む領域と重なる。 記帳や支払いといった定型業務は、システムやアウトソースに置き換わりやすい。定型だけをやっている限り、代わりが利くと見なされます。

つまり、「正確に締める」だけでは、一定のところで評価が飽和する。ここが頭打ちの正体です。

上げる人がやっている、三つの上乗せ

では年収を一段上げる人は何が違うのか。私が現場で見てきた限り、共通するのは**「締める力」の先に、次の三つのどれかを乗せている**ことです。

① 決算を「早く・正しく」回す設計ができる(月次決算の主導)

同じ決算でも、「言われた通りに処理する人」と「決算プロセス全体を設計し、早期化・精度向上を主導できる人」では評価がまったく違います。月次を数日早める、属人化を減らす、監査対応をスムーズにする——業務の質を組織として上げられる人は、担当者ではなくリーダーの単価で評価されます。

② 数字で経営に話しかけられる(管理会計・FP&Aへの越境)

財務会計(記録する仕事)から一歩出て、「この事業は儲かっているか」「なぜ予算とズレたのか」を経営の言葉で説明できると、評価の天井が上がります。ここは管理会計・FP&A(経営企画寄りの財務)の領域で、コストセンターの人から「経営判断を助ける人」への転換点です。経理の実務を土台に持っている人ほど、この越境は説得力を持ちます。

③ システムを語れる(SAPなど基幹システムへの接続)

会計と基幹システムの両方が分かる人は、慢性的に不足しています。決算をシステムでどう回すか、業務をどう標準機能に落とすか——**「会計が分かるIT人材」「ITが分かる会計人材」**は、事業会社でもコンサルでも単価が跳ねやすい。私自身、経理の実務からSAPのFI導入に移ったことで、評価される土俵が変わりました。会計の言葉とシステムの言葉を両方話せることが、そのまま希少性になります。

「転職で上げる」か「今の場所で上げる」か

年収を上げるルートは、大きく二つです。

  • 今の会社で職域を広げる: 月次決算の主導、管理会計への関与、システム導入プロジェクトへの参加。社内で「締めるだけの人」から抜け出す。ただし、間接部門の給与テーブルには上限があることも多く、社内だけでは天井にぶつかる場合があります。
  • 転職・独立で土俵を変える: 事業会社の経理マネージャー、FP&A、あるいはSAPをはじめとするコンサル領域へ。同じ実務力でも、評価される市場を変えると単価が変わるのが現実です。特に「会計×システム」の掛け算は、市場価値が分かりやすく上がります。

どちらが正解ということはありません。大事なのは、「締める力」の上に何を乗せるかを決めて、その経験を意識的に取りにいくこと。受け身で決算だけを回している限り、ルートの選択肢そのものが増えません。

正直な制約

  • 越境には時間がかかる。 管理会計もシステムも、片手間で身につくものではありません。今の実務をこなしながら、少しずつ関与を広げる助走が要ります。
  • 「資格を取れば上がる」わけではない。 簿記や関連資格は土台としては有効ですが、資格そのものより「決算を主導した」「導入プロジェクトに入った」という実務の実績が、年収には効きます。
  • 市場を変えれば必ず上がる、でもない。 転職や独立は、実務力という中身が伴って初めて単価に反映されます。土台が薄いまま土俵だけ変えても、続きません。まず「締める力」を確かなものにするのが順番です。

まとめ

経理の年収が頭打ちになりやすいのは、「正確に締める」仕事が成果を見えにくく、代わりが利くと見なされやすいから。上げる人は、その締める力の上に**①決算プロセスを設計する力/②経営に数字で話しかける力(管理会計・FP&A)/③システムを語れる力(SAP等)**のどれかを乗せています。安定を土台にしつつ、受け身で終わらせない——ここが、一段上がるかどうかの分かれ目です。