「経理から独立できますか」と聞かれることがあります。

この問いに、はい・いいえでは答えられません。経理の経験は、ひとまとめでは値段がつかないからです。

同じ経理10年でも、外に出た瞬間に値段がつく経験と、社内でしか効かなかった経験に分かれます。しかも、この2つは会社の中にいるあいだ、まったく同じ顔をしています。どちらも「経理の仕事」として評価され、どちらも人事評価では区別されません。

私は経理・財務の現場から入り、SAPという会計システムの導入をプロジェクトマネージャーとしてやってきて、そのあと独立しました。振り返ると、独立後に食べさせてくれたのは、社内でいちばん褒められた仕事ではありませんでした。この記事では、その分かれ目をはっきり書きます。

経理の経験に、まとめて値段がつかない理由

外の会社があなたに払うのは、「経理ができること」に対してではありません。その会社がいま困っていることを、外から入って動かせることに対してです。

ここで効かなくなるものが2つあります。

1つは、会社固有の事情の知識です。この稟議は誰に先に見せるか、この勘定科目はうちだけこう使う、この数字は最後に必ずあの部長が突き返す。社内では価値のかたまりですが、会社を出た瞬間にゼロになります。

もう1つは、引き継げない形で持っている手順です。自分の頭とExcelの中にしかない処理は、外の会社では最初から作り直しになります。速さも正確さも、あなたの手でしか再現できないなら、それは相手にとって「買えないもの」です。

社内で最も感謝された仕事ほど、外に持ち出せないことがある。感謝の理由が「あなたしかできないから」だったとき、それは外では値段になりません。

分かれ目は、この1本の線で引ける

いろいろ試した結果、私はこの線が一番きれいに引けると思っています。

あなたがいないと回らなかった仕事か。あなたがいなくても回るようにした仕事か。

前者は社内では評価されます。属人的でも、締まっていれば誰も文句を言いません。でも外の会社が買いたいのは、後者です。仕組みを直した、手順を決めた、人を動かして定着させた──この経験だけが、別の会社でもう一度やれます。

独立するというのは、再現できるものだけを持って外に出るということです。

そのまま売れる経験

  • 決算を早くやり切った経験。何日かかっていたものを何日にしたか、そのために何をやめたか。日数そのものより「何をやめる判断をしたか」が売り物です
  • 会計システムの入替に、業務側の担当として入った経験。要件を出した、テストをした、移行の判断をした。システムを作る側ではなく、使う側として入った経験には値段がつきます
  • 制度変更を自社に落とし込んだ経験。インボイス、電子帳簿保存、収益認識。どの会社にも同じ宿題が降ってきているので、先にやった人の手順がそのまま欲しがられます
  • 子会社や新拠点の経理を、ゼロから立ち上げた経験。決まっていないところに手順を作った経験は、そのまま持ち運べます
  • 監査法人や税理士と、論点を詰め切った経験。相手の指摘に対して自社の処理を説明し、決着させたことがあるか。ここは経験の差が露骨に出ます

共通しているのは、どれもあなたが何かを決めていることです。

そのままでは売れない経験

  • 月次を締めた、仕訳を切った、支払を回した(正確さは前提であって差にならない)
  • 社内の誰に聞けばいいかを知っている(会社が変わると消える)
  • 自作のExcelで処理を速くした(引き継げないなら買えない)
  • 長く在籍している(年数そのものには値段がつかない)

誤解しないでほしいのは、これらが無価値だという話ではないことです。土台としては必要です。ただ、これだけを並べて外に出ると、「同じことができる人が他にもいる」という理由で値段が下がります。

売れない側に見える経験を、書き換える3つの手順

多くの人は、売れる経験を持っていないのではなく、売れる形に書けていないだけです。私が相談を受けたときにやってもらう手順を書きます。

手順1|困っていたことから書く。 「月次決算を担当」ではなく、「月次が翌月15日まで動かず、営業の数字が経営会議に間に合っていなかった」。仕事の名前ではなく、そのとき会社が困っていた状態から書きます。

手順2|自分が決めたことを1つ入れる。 何を変えたか、何をやめたか、誰に何を頼んだか。決めた覚えがないなら、その仕事は本当に指示された作業だったのかもしれません。それはそれで事実として扱います。

手順3|終わったあとに残ったものを書く。 手順書、チェックリスト、月次のスケジュール、他の人が回せるようになった状態。残ったものがあるなら、それは再現できる証拠です。

この3手順で書き直すと、同じ経歴が別物に見えます。書き方そのものはスキルシートの書き方にまとめました。

「何年やれば独立できるか」への答え

年数では測れない、というのが正直な答えです。

私が見る限り、外で通用するかどうかは、**在籍年数ではなく「自分で決めた回数」**でほぼ決まります。10年いても指示された作業だけを積んだ人と、5年で3回システムや制度の切り替えを決めた人では、後者のほうが早く値段がつきます。

もし年数で不安になっているなら、数えるものを変えてください。この会社で、自分が決めたことは何回あったか。 それが独立後にそのまま持っていける在庫です。

経理から独立する形は、1つではない

「経理で独立」と聞くと、まず経理代行が思い浮かびます。ただ、道はそれだけではありません。

どれを選ぶかで、必要な準備も、最初に来る仕事の種類も変わります。食べていけるかどうかの全体像は経理のフリーランスで食べていけるのかに、資格が効く場面と効かない場面は経理に資格はいるのかに分けて書きました。値段の感覚はコンサルの単価相場が近い水準の参考になります。

まずやる、棚卸しの3ステップ

  1. この5年でやった仕事を、20行くらい書き出す。 きれいに書かなくていいので、まず全部出します
  2. 各行に、自分が決めたことを1つ書き足す。 書けない行には印をつけます。印が多くても落ち込む必要はありません。それが現在地です
  3. 印のない行だけを集めて、3手順で書き直す。 この束が、外に出したときの持ち駒です

この作業を先にやっておくと、独立するかどうかの判断そのものが変わります。足りないのが経験なのか、書き方なのかが分かれるからです。


経理から独立できるかという問いは、結局のところ「自分の10年のうち、何割が外でも再現できるか」という問いに置き換わります。

割合が小さくても、辞める前にできることはあります。次の1年で、決める側に回る仕事を1つ取りに行く。 それだけで持ち駒は変わります。

いま自分がどのあたりにいるかを整理しておきたい方は、30秒の独立準備度チェックから入ってみてください。登録は要りません。