「経理から独立できますか」と聞かれることがあります。

この問いに、はい・いいえでは答えられません。経理の経験は、ひとまとめでは値段がつかないからです。

同じ経理10年でも、外に出た瞬間に値段がつく経験と、社内でしか効かなかった経験に分かれます。しかも、この2つは会社の中にいるあいだ、まったく同じ顔をしています。どちらも「経理の仕事」として評価され、どちらも人事評価では区別されません。

私は経理・財務の現場から入り、SAPという会計システムの導入をプロジェクトマネージャーとしてやってきて、そのあと独立しました。振り返ると、独立後に食べさせてくれたのは、社内でいちばん褒められた仕事ではありませんでした。この記事では、その分かれ目をはっきり書きます。

そして棚卸しの方法まで踏み込みます。結論を先に書くと、**「経理10年」を職種で割っても値段はつきません。工程で割ります。**記事の中ほどに、経理の仕事を14の工程に分けて、工程ごとに外で値段がつくかどうかを判定する表を置きました。自分の経歴をそこに当てはめれば、持ち駒と現在地がその場で出ます。

先に、この記事の守備範囲を書いておきます。経理から独立する道は二つあり、その分岐そのものは経理のフリーランスで食べていけるのかで扱っています。この記事は、そのうち「専門性で単価を上げる側」の本体です。件数を積んで収入を組み立てる側──1社いくらで何社なら生活が回るか──は経理代行のフリーランスで食べていけるかにあります。ここから先は、単価のほうの話だけをします。

経理の経験に、まとめて値段がつかない理由

外の会社があなたに払うのは、「経理ができること」に対してではありません。その会社がいま困っていることを、外から入って動かせることに対してです。

ここで効かなくなるものが2つあります。

1つは、会社固有の事情の知識です。この稟議は誰に先に見せるか、この勘定科目はうちだけこう使う、この数字は最後に必ずあの部長が突き返す。社内では価値のかたまりですが、会社を出た瞬間にゼロになります。

もう1つは、引き継げない形で持っている手順です。自分の頭とExcelの中にしかない処理は、外の会社では最初から作り直しになります。速さも正確さも、あなたの手でしか再現できないなら、それは相手にとって「買えないもの」です。

社内で最も感謝された仕事ほど、外に持ち出せないことがある。感謝の理由が「あなたしかできないから」だったとき、それは外では値段になりません。

分かれ目は、この1本の線で引ける

いろいろ試した結果、私はこの線が一番きれいに引けると思っています。

あなたがいないと回らなかった仕事か。あなたがいなくても回るようにした仕事か。

前者は社内では評価されます。属人的でも、締まっていれば誰も文句を言いません。でも外の会社が買いたいのは、後者です。仕組みを直した、手順を決めた、人を動かして定着させた──この経験だけが、別の会社でもう一度やれます。

独立するというのは、再現できるものだけを持って外に出るということです。

そのまま売れる経験

  • 決算を早くやり切った経験。何日かかっていたものを何日にしたか、そのために何をやめたか。日数そのものより「何をやめる判断をしたか」が売り物です
  • 会計システムの入替に、業務側の担当として入った経験。要件を出した、テストをした、移行の判断をした。システムを作る側ではなく、使う側として入った経験には値段がつきます
  • 制度変更を自社に落とし込んだ経験。インボイス、電子帳簿保存、収益認識。どの会社にも同じ宿題が降ってきているので、先にやった人の手順がそのまま欲しがられます
  • 子会社や新拠点の経理を、ゼロから立ち上げた経験。決まっていないところに手順を作った経験は、そのまま持ち運べます
  • 監査法人や税理士と、論点を詰め切った経験。相手の指摘に対して自社の処理を説明し、決着させたことがあるか。ここは経験の差が露骨に出ます

共通しているのは、どれもあなたが何かを決めていることです。

そのままでは売れない経験

  • 月次を締めた、仕訳を切った、支払を回した(正確さは前提であって差にならない)
  • 社内の誰に聞けばいいかを知っている(会社が変わると消える)
  • 自作のExcelで処理を速くした(引き継げないなら買えない)
  • 長く在籍している(年数そのものには値段がつかない)

誤解しないでほしいのは、これらが無価値だという話ではないことです。土台としては必要です。ただ、これだけを並べて外に出ると、「同じことができる人が他にもいる」という理由で値段が下がります。

職種で棚卸ししても、値段はつかない

ここまで「売れる/売れない」で並べてきましたが、実際に自分の経歴を前にすると、たいてい手が止まります。「経理10年」という一かたまりを、どこで割ればいいのか分からないからです。

多くの人は、ここで**職種で割ろうとします。**経理、財務、税務、管理会計。あるいは役職で割る。担当、主任、課長。

これはうまくいきません。職種名は会社ごとに指すものが違うからです。A社の「財務」は資金繰りと銀行対応ですが、B社の「財務」は決算開示まで含みます。同じ名前で中身が違うものを並べても、相手は値段をつけられません。「管理会計」に至っては、会社によって指す範囲がまるで違います。

割るなら、工程です。会社が変わっても、工程は同じ形で存在します。月次を締める、残高を照合する、監査に答える、システムを入れ替える。名前が違っても、やることは同じです。

工程で並べて、2つの軸で判定する

判定に使う軸は2つだけです。

  • 軸1:その工程は、会社が変わっても同じ形で存在するか(=持ち運べるか)
  • 軸2:その工程で、あなたが決める場面があったか(=再現できるか)

両方に○がついた工程だけが、そのまま値段になります。私が自分の経歴を割ったときに使った並びを、そのまま置きます。

工程持ち運べるか決める場面があるか外での扱い
仕訳の入力・証憑の処理○(どこにもある)×(手順は決まっている)値段はつくが、いちばん安い
支払処理・入金消込△(例外処理の判断はある)単独では弱い
月次の締め△(何をやめるかを決めたなら○)やめる判断を語れれば売れる
残高照合・勘定分析差異の原因を説明できれば効く
決算・開示○(見積りと注記の判断)売れる。特に初めて作った経験
監査法人・税理士との折衝○(自社の処理を通した経験)経験差が露骨に出る。強い
税務申告への連携税理士がいる前提だと薄くなる
制度変更への対応○(全社に同じ宿題が来る)売れる。先にやった人の手順が要る
予算編成・予実管理経営に近く、値段は上がる
資金繰り・銀行対応会社の規模で内容が変わる点に注意
会計システムの導入・入替○(要件・テスト・移行の判断)いちばん値段がつきやすい
業務の設計・手順の整備残ったものを示せれば強い
内部統制の運用・評価上場・上場準備で需要が集中する
社内固有の運用・調整×(会社を出ると消える)外では0円。ここが最大の落とし穴

いちばん下の行が、多くの人の時間をいちばん食っている工程です。稟議の通し方、あの部長の突き返し方、うちだけの勘定科目の使い分け。決める場面は山ほどあったのに、持ち運べません。

「10年」ではなく「14の工程のうち何個か」で見る

この表の使い方は単純です。**自分が実際に手を動かした工程に印をつけていく。**それだけです。

やってみると、たいてい2つのことが起きます。

1つは、思ったより印がつくこと。経理を長くやっていれば、決算にも監査対応にも制度変更にも触れています。触れていないと思い込んでいるだけのことが多い。

もう1つは、印がついた工程の中で「決める場面があった」と言えるものが少ないこと。これが現在地です。落ち込む必要はありません。次の1年で、どの工程で決める側に回るかを選べばいいだけです。

私の場合、独立後にいちばん値段がついたのは、表の下から4番目、会計システムの導入・入替の工程でした。社内でいちばん褒められたのは月次の締めを2日早めたことでしたが、外に出て仕事になったのは、褒められなかったほうです。理由ははっきりしていて、締めを早めた手順はその会社の中でしか使えず、システムを入れ替える工程はどの会社でも同じ形で来るからです。

工程で割ると、この差が最初から見えます。職種で割っているうちは、両方とも「経理の仕事」にしか見えません。

売れない側に見える経験を、書き換える3つの手順

多くの人は、売れる経験を持っていないのではなく、売れる形に書けていないだけです。私が相談を受けたときにやってもらう手順を書きます。

手順1|困っていたことから書く。 「月次決算を担当」ではなく、「月次が翌月15日まで動かず、営業の数字が経営会議に間に合っていなかった」。仕事の名前ではなく、そのとき会社が困っていた状態から書きます。

手順2|自分が決めたことを1つ入れる。 何を変えたか、何をやめたか、誰に何を頼んだか。決めた覚えがないなら、その仕事は本当に指示された作業だったのかもしれません。それはそれで事実として扱います。

手順3|終わったあとに残ったものを書く。 手順書、チェックリスト、月次のスケジュール、他の人が回せるようになった状態。残ったものがあるなら、それは再現できる証拠です。

この3手順で書き直すと、同じ経歴が別物に見えます。書き方そのものはスキルシートの書き方にまとめました。

「何年やれば独立できるか」への答え

年数では測れない、というのが正直な答えです。

私が見る限り、外で通用するかどうかは、**在籍年数ではなく「自分で決めた回数」**でほぼ決まります。10年いても指示された作業だけを積んだ人と、5年で3回システムや制度の切り替えを決めた人では、後者のほうが早く値段がつきます。

もし年数で不安になっているなら、数えるものを変えてください。この会社で、自分が決めたことは何回あったか。 それが独立後にそのまま持っていける在庫です。

経理から独立する形は、1つではない

「経理で独立」と聞くと、まず経理代行が思い浮かびます。ただ、道はそれだけではありません。

どれを選ぶかで、必要な準備も、最初に来る仕事の種類も変わります。食べていけるかどうかの全体像は経理のフリーランスで食べていけるのかに、資格が効く場面と効かない場面は経理に資格はいるのかに分けて書きました。値段の感覚はコンサルの単価相場が近い水準の参考になります。

「独立」と「起業」は、要るものが違う

もう一つ、言葉の整理をしておきます。独立と起業は、同じ意味で使われがちですが、要るものが違います。

  • 独立(受託):自分の時間と経験を売る。工程の棚卸しがそのまま在庫になる。最初の1件が取れれば、その月から売上が立つ
  • 起業(事業を作る):自分がいなくても回るものを作る。棚卸しは出発点でしかなく、そこから売る仕組み自分以外が回す形を作る時間が要る

経理の経験から入るなら、私はまず独立(受託)から始めるのが現実的だと思っています。理由は、受託は在庫がそのまま売り物になるからです。工程の表で印がついた場所が、そのまま最初の提案になります。

起業のほうは、同じ在庫を使うにしても、誰の何を解くのかを決め直す作業が先に来ます。経理代行を事業として立ち上げるなら、自分が受ける件数の話ではなく、受ける人を増やしても品質が落ちない形を作る話になる。ここは経理の実務力とは別の筋肉です。

どちらが上という話ではありません。ただ、「経理で起業」を調べている段階なら、先に独立(受託)で1年やってみるほうが、失うものが少ないとは思います。受託で回した1年は、そのまま起業の材料になります。逆は成り立ちません。

まずやる、棚卸しの3ステップ

  1. この5年でやった仕事を、工程の表に当てはめて印をつける。 14の工程のうち、実際に手を動かしたものはどれか。まず全部出します
  2. 印のついた工程に、自分が決めたことを1つ書き足す。 書けない工程には別の印をつけます。書けない印が多くても落ち込む必要はありません。それが現在地です
  3. 決めたことを書けた工程だけを集めて、3手順で書き直す。 この束が、外に出したときの持ち駒です

この作業を先にやっておくと、独立するかどうかの判断そのものが変わります。足りないのが経験なのか、書き方なのかが分かれるからです。


経理から独立できるかという問いは、結局のところ「自分の10年のうち、何割が外でも再現できるか」という問いに置き換わります。

割合が小さくても、辞める前にできることはあります。次の1年で、決める側に回る仕事を1つ取りに行く。 それだけで持ち駒は変わります。

棚卸しが済んで「金額として成り立つのか」を確かめる段になったら、経理代行のフリーランスで食べていけるかに、単価と件数から生活費に届くまでの逆算を置いています。

いま自分がどのあたりにいるかを整理しておきたい方は、30秒の独立準備度チェックから入ってみてください。登録は要りません。