「経理の仕事は、AIでなくなるんですよね」
経理の方と話していると、必ず一度は出てくる言葉です。言った本人も半分は冗談のつもりで、でも目は笑っていない。この問いに雑に答えるのはよくないと思うので、事実と現場で見たことだけを並べます。
その予測の出所を、まず確認する
「経理はなくなる」の根拠として引かれてきたのは、ほぼ2つの研究です。
- Frey & Osborne(2013)……オックスフォード大学の研究者による米国職業の自動化可能性の推計。**簿記・会計・監査事務員(Bookkeeping, Accounting and Auditing Clerks)の自動化確率は98%**と示された
- 野村総合研究所とオックスフォード大学の共同研究(2015)……日本国内601種の職業を対象に、10〜20年後に労働人口の約49%が就いている職業が技術的には代替可能と推計
数字のインパクトが強いので、そこだけが独り歩きしました。ただし、どちらも読み方に注意が要ります。推計されているのは「職業を構成するタスクが技術的に代替可能か」であって、「その職が消えるか」ではありません。技術的にできることと、企業が実際にそう組み替えることの間には、投資判断・制度・人の問題が挟まっています。
そして2013年から10年以上が経ちました。簿記や会計の担当者は、消えていません。起きたのは別のことです。
本当に変わり始めたのは、データが揃ってから
現場の感覚として、経理の自動化が実際に前へ進んだのは、AIの性能が上がった瞬間ではありませんでした。入力されるデータの形が変わったときです。
- インボイス制度(2023年10月開始)……登録番号・税率区分・税額が、請求書に定型で載るようになった
- 電子帳簿保存法……電子取引でやりとりしたデータは、2024年1月から電子のまま保存することが必要になった。印刷して綴じる運用では要件を満たさない
この2つで、経理に流れ込む情報が「紙の山」から「読める構造を持ったデータ」に近づきました。AIは、読めないものは処理できません。長年ボトルネックだったのはアルゴリズムではなく入力側で、そこが制度によって整理された。だから今の変化は本物です。
紙をどう電子に変えるかの実務は電子帳簿保存法の記事に、インボイスの基本は別記事に書きました。
消える作業と、残る仕事
10年の答え合わせをすると、境目はかなりはっきりしています。
| 置き換わっていく作業 | 人に残っている仕事 |
|---|---|
| 証憑の読み取り・仕訳の起票 | 見積り(貸倒引当金、棚卸資産の評価、資産計上か費用処理か) |
| 銀行明細・カード明細との突合 | 税務上の判断と、その根拠づくり |
| 経費申請の規程チェック | 決算スケジュールと締めのプロセス設計 |
| 月次資料の転記・集計 | 数字が動いた理由の説明(経営会議・監査・税務調査) |
| 勘定科目の初期提案 | 会計システムの移行・再設計 |
眺めると、分かれ目は難易度ではありません。誰が責任を取るかです。
AIは仕訳を提案できます。異常値も指摘できます。しかし決算書に署名はしません。税務署の質問に答えるのも、監査法人と論点を詰めるのも、経営会議で「なぜ今期の粗利が2ポイント落ちたのか」を説明するのも、人の仕事として残っています。自動化されたのは作業であって、責任ではない。
もうひとつ、実務で効いている変化があります。仕訳を切る人と、仕訳を検証する人の比率が逆転したこと。以前は10人で入力して1人が見る形でした。今は1人が仕組みを回して、数人が例外と異常だけを見る。求められる能力が「速く正確に打つ」から「何がおかしいかに気づく」に移ったわけです。この移行に乗れた人と、乗れなかった人の差が、いま現場で広がっています。
経理として、どこに立つか
では何を持てばいいのか。私が見てきた範囲で、価値が落ちにくいのは次の3つの立ち位置です。
1. 制度が変わる場所に立つ
インボイス、電子帳簿保存法、税制改正。制度は毎年動きます。動いた瞬間は、過去データの学習が効かない領域です。何がどう変わり、自社の処理をどこから直すかを判断できる人は、いつでも足りていません。
2. システムが変わる場所に立つ
ERPの導入や移行は、経理の知識がないと絶対に終わりません。勘定科目体系をどう設計するか、原価をどの粒度で持つか、決算をどう締めるか。これは会計の言葉とシステムの言葉の両方を話せる人にしかできない仕事です。私自身、経理からSAPの領域へ移ったことでキャリアの選択肢が一気に広がりました。
3. 外に出す設計をする側に立つ
処理そのものは、社外に出す流れが続いています。だとすれば価値は「処理する側」ではなく、何を出して何を残すかを決める側に移る。業務を切り出せる形に分解し、品質を担保する基準をつくる仕事です。
いずれも共通するのは、入力ではなく設計と説明に軸足があることです。資格はその入口を開けますが、開けた先で問われるのはここになります。
今日からできる5つ
- 直近1か月の自分の業務を、作業単位で書き出す(「月次決算」ではなく「A社の請求データを取り込む」まで割る)
- 各作業を「AIに渡せる/渡せない」で仕分ける。判断と説明が入るものが渡せない側
- 渡せる側から1つだけ選び、実際に自動化して前後の工数を測る
- 浮いた時間を、数字の説明や異常の分析に使う。ここが評価される仕事になる
- 職務経歴書に「何を、どれだけ減らしたか」を書けるようにしておく
3の「測る」を飛ばす人が多い。効率化は、時間で語れないと社内でも社外でも通用しません。
「経理はAIでなくなる」と言われて不安になるのは、たぶん自分の仕事の大半が入力だと自覚しているからです。その自覚は正しいし、価値があります。気づいていない人より、はるかに早く動ける。
経理をやめたいと思ったときにも書きましたが、しんどさの正体は職種そのものではなく、置かれた場所であることが多い。AIの話も同じです。消えるのはあなたではなく、あなたがいま時間を使っている作業のほう。その作業を手放す準備を、手放される前に始められるかどうかだけの違いです。
※本記事は2026年7月時点の情報と、筆者が現場で見た範囲の観察に基づく整理です。引用した研究は発表時点の推計であり、将来の雇用を保証・予測するものではありません。制度の要件は改正により変わるため、実務判断にあたっては国税庁の公表情報および顧問税理士でご確認ください。
参考:Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne, “The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerisation?"(2013)/野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」(2015年12月、英オックスフォード大学との共同研究)/国税庁「電子帳簿等保存制度特設サイト」「インボイス制度特設サイト」