独立した年、私の経費は驚くほど少なかった。仕事はノートPC1台とオンライン会議で完結して、交通費もほとんど出ない。売上から引けるものが、通信費と家賃の按分と書籍代しかありませんでした。
このとき知らずにいたら損をしていた制度が、ひとつあります。実際にかかった経費がいくらであっても、必要経費を65万円まで認めるという特例です。
対象が限られていて、名前も古めかしい。だから独立して働く人の多くが素通りしています。国税庁のタックスアンサーNo.1810、「家内労働者等の必要経費の特例」です。
まず、何が起きる制度か
No.1810(令和7年4月1日現在法令等)の「概要」の原文です。
事業所得または雑所得の金額は、総収入金額から実際にかかった必要経費を差し引いて計算することになっています。しかし、家内労働者等の場合には、必要経費として65万円まで(令和2年分から令和6年分までは55万円。以下同じです。)認められる特例があります。
そして所得の区分ごとの説明。
実際にかかった経費の額が65万円未満のときであっても、所得金額の計算上必要経費が65万円まで認められます。
**領収書は要りません。**実額が18万円でも、65万円を引ける。差額の47万円は、そのまま課税所得が減ります。
所得税率5%・住民税10%の層でも、47万円 × 15% = 約7万円。所得税率20%の層なら 約14万円。手続きは申告書に計算書を1枚足すだけです。
誰が「家内労働者等」なのか
ここが一番の関門です。No.1810の注記が定義しています。
(注)家内労働者等とは、家内労働法に規定する家内労働者や、外交員、集金人、電力量計の検針人のほか、特定の者に対して継続的に人的役務の提供を行うことを業務とする人をいいます。
前半の4つ(家内労働者・外交員・集金人・検針人)は具体的な職種です。問題は最後の一節、「特定の者に対して継続的に人的役務の提供を行うことを業務とする人」。
分解すると3つの要素があります。
| 要素 | 意味するところ |
|---|---|
| 特定の者 | 相手が限られていること。不特定多数を相手にしていない |
| 継続的に | 単発の受注の集まりではなく、継続した関係であること |
| 人的役務の提供 | 自分の労務そのものが商品。物を売る事業ではない |
在宅で1社から月額の業務委託を受けている働き方は、この3つに素直に当てはまります。シルバー人材センターからの配分金、保険外交員の報酬、内職の工賃なども、実務上ここに整理されることが多い形です。
逆に、明らかに外れるのはこういう形です。
- **不特定多数の顧客を相手にしている。**Web上で誰にでも商品を売っている、店舗を構えている、といった形。「特定の者」ではありません。
- **物販が中心。**仕入れて売る事業は「人的役務の提供」ではありません。
- 単発の受注を積み上げている。「継続的に」の要件を満たさない可能性があります。
そして、いちばん判断が割れるのが複数社から受けている独立コンサルタント・エンジニアです。1社なら「特定の者」でも、3社・5社と増えたときにどこまでが特定の者なのか。この線引きについて、国税庁のページは具体的な社数を示していません。
**だからここは断定できません。**自分が該当するかどうかは、所轄の税務署か税理士に、契約形態を具体的に説明して確認してください。この記事の役割は、「そもそもこの特例が存在すること」と「該当した場合に何がどう効くか」を伝えるところまでです。
給与があると、枠はその分だけ削られる
会社員をしながら副業で受けている人、あるいは年の途中で独立した人には、この節が決定的です。No.1810の原文を2つ並べます。
(1)給与の収入金額が65万円以上あるときは、この特例は受けられません。
(2)給与の収入金額が65万円未満のときは、65万円からその給与に係る給与所得控除額を差し引いた残額と、事業所得や雑所得の実際にかかった経費とを比べて高い方がその事業所得や雑所得の必要経費になります。
そして、理由が続きます。
このため、給与の収入金額から控除する給与所得控除額が65万円以上ある場合(つまり、給与の収入金額が65万円以上ある場合)には、この特例の適用はありません。
読み解くと、こうなります。給与所得控除には最低保障があり、令和7年分からその額が65万円です。給与収入が65万円以下ならその全額が控除されて給与所得はゼロになる。すると特例に残る枠は「65万円 − 給与の収入金額」。
数字で並べると、単純な引き算です。
| 給与の収入金額 | 特例で使える枠 |
|---|---|
| 0円 | 65万円 |
| 20万円 | 45万円 |
| 50万円 | 15万円 |
| 65万円以上 | 0円(適用なし) |
**給与を1円もらうごとに、枠が1円減る。**副業として月5万円ちょっとのアルバイトをしているだけで、この特例は消えます。
会社員をしながら副業で業務委託を受けている人には、事実上ほとんど届かない。逆に、会社を辞めて在宅の業務委託だけになった年に、初めて満額で効き始める制度です。会社員から独立するタイミングを考えている人は、辞めた翌年からの話として覚えておいてください。
なお、この比較は「65万円−給与所得控除額」と「実際にかかった経費」の高いほうを採る仕組みです。実額経費が枠より大きければ、実額が採られます。損はしません。
上限は「収入の額」でも縛られる
注意事項(1)の原文です。
(1)特例の必要経費額は、事業所得や公的年金等以外の雑所得の収入金額が限度です。
**収入以上には引けない。**収入が40万円しかない人が65万円を引いて赤字25万円を作る、ということはできません。この特例で所得をマイナスにして純損失を繰り越す、という使い方は封じられています。
「103万円の壁」は、この特例では160万円に動いた
今年いちばん実務に効くのが、注意事項(2)です。原文をそのまま引きます。
(2)この特例に該当する所得しかない人で、その年の総収入金額が160万円以下の場合は、総所得金額が基礎控除額の95万円以下となりますので、本人に所得税は課されません。また、その年の総収入金額が123万円以下の場合は、扶養者の所得税額の計算上、配偶者控除あるいは扶養控除の対象となります。
そして、以前がどうだったかも注記されています。
(注) 令和2年分から令和6年分までは基礎控除額が48万円( 令和元年分までは、基礎控除額が38万円)となり、家内労働者等の必要経費の特例における必要経費に算入する金額の最低保障額が55万円(令和元年分までは65万円)であることから、その年の総収入金額が103万円以下の場合は、総所得金額が基礎控除額の48万円(令和元年分までは38万円)以下となりますので、本人に所得税は課されず、また、扶養者の所得税額の計算上、配偶者控除あるいは扶養控除の対象となります。
2つのラインを整理します。
| ライン | 令和6年分まで | 令和7年分から | 内訳 |
|---|---|---|---|
| 本人に所得税がかからない | 103万円 | 160万円 | 特例65万円 + 基礎控除95万円 |
| 扶養者の配偶者控除・扶養控除の対象 | 103万円 | 123万円 | ― |
**同じ「103万円」だったものが、2つの違う数字に割れた。**この特例に該当する収入しかない人は、160万円までは自分に所得税がかからないが、扶養から外れないためのラインは123万円。混同すると、片方だけ守って片方を踏み越えます。
なお、控除を受ける扶養者側にも条件があります。
なお、控除を受ける扶養者本人の合計所得金額が1,000万円を超える場合は、配偶者控除は受けられません。
配偶者の扶養に入りながら在宅で業務委託を受けている、という形の人は、扶養の範囲の記事と合わせて2つの数字を確認してください。住民税の非課税ラインは自治体ごとに異なるので、そちらは別途お住まいの自治体でご確認を。
事業所得と雑所得の両方があるとき
事業所得および雑所得の実際にかかった経費の合計額が65万円未満のときは、(中略)必要経費が合計で65万円まで認められます。この場合には、65万円と実際にかかった経費の合計額との差額を、まず雑所得の実際にかかった経費に加えることになります。
合計で65万円であって、それぞれに65万円ではありません。そして差額を足す順番が決まっていて、雑所得が先。事業所得と雑所得のどちらに寄せるかは自分で選べない、ということです。
事業所得と雑所得の区分で悩んでいる人は、この特例に関しては区分によって金額が変わらない、と理解しておけば足ります。
いつから65万円なのか
金額の改正時期について、注意事項(4)が正確な日付を書いています。
(4)令和7年分の場合は、令和7年12月1日に施行され、令和7年分から適用される金額です。
施行は令和7年12月1日ですが、適用は令和7年分から。年末の施行で、その年の1月に遡って効く形です。施行日前後の取扱いについては、国税庁が「令和7年度税制改正(基礎控除の見直し等関係)Q&A(令和7年5月)」を用意しているので、年の途中で状況が変わった人はそちらを確認してください。
根拠法令等として挙がっているのは、所法2、27、35、83、84、措法27、措法41の16の2、措令18の2。本体は租税特別措置法第27条です。
手続き──計算書を1枚
適用にあたって使う様式も、国税庁が指定しています。
「家内労働者等の事業所得等の所得計算の特例の適用を受ける場合の必要経費の額の計算書」を使用されると便利です。
国税庁のサイトからダウンロードできます。確定申告書等作成コーナーにも入力の道が用意されていて、「確定申告書等作成コーナーで家内労働者等の必要経費の特例の適用を受ける場合の入力方法」という案内ページがあります。e-Taxで申告している人は、画面の案内から辿れます。
なお、**この特例と青色申告特別控除を併用できるかどうかについて、No.1810は明記していません。**性質としては特例が「必要経費」、青色申告特別控除が所得計算上の別の控除なので別枠に見えますが、国税庁の原文で確認できない以上、この記事では断定しません。青色申告をしている人は、初年度に所轄の税務署へ確認してください。確認は電話1本です。
使いどころを、間違えないために
最後に、この特例が効く人と効かない人を並べます。
効く人
- 在宅で、特定の相手に継続的に労務を提供している
- 実際の経費が年間65万円に届いていない
- 給与収入がない、または65万円をかなり下回る
効かない人
- 実額経費がすでに65万円を超えている(実額のほうが有利なので、そもそも関係がない)
- 給与収入が65万円以上ある
- 不特定多数を相手にしている、物販が中心
「経費が少ないこと」が有利になる、珍しい制度です。ふだんは経費をどこまで入れられるかを考える側に立っている人ほど、この発想の反転を見落とします。
この特例が効くのは、経費がほとんど出ない働き方をしている人です。裏返すと、単価で勝負する働き方に移った瞬間、この特例の出番は消えます。移った先の数字はコンサルの単価相場に、移るための案件の取り方は独立コンサルの案件の取り方に書きました。
まとめ
- 家内労働者等の必要経費の特例は、実額に関係なく必要経費を65万円まで認める制度(令和2年分〜令和6年分は55万円)。
- 対象は家内労働者・外交員・集金人・検針人のほか、「特定の者に対して継続的に人的役務の提供を行うことを業務とする人」。複数社から受けている場合の線引きは国税庁のページに具体的な基準がないため、税務署か税理士に確認。
- **給与収入が65万円以上あると適用なし。**65万円未満でも、枠は「65万円 − 給与の収入金額」まで削られる。
- 特例で引ける額は、事業所得・雑所得の収入金額が限度。赤字は作れない。
- この特例に該当する収入しかない人は、総収入金額160万円以下なら本人に所得税がかからない(特例65万円+基礎控除95万円)。ただし扶養控除・配偶者控除の対象は123万円以下。2つのラインは別。
- 事業所得と雑所得の両方があるときは合計で65万円、差額はまず雑所得の経費に加える。
- 令和7年分の65万円は令和7年12月1日施行・令和7年分から適用。根拠は措法27。
- 青色申告特別控除との併用可否はNo.1810に記載がないため、税務署に確認。
経費が出ない働き方は、確定申告のときに損をしている気分になります。売上がそのまま所得になって、引けるものが何もない。その気分のまま申告している人が、この一行を知らないままでいる。**まず自分が該当するかを税務署に聞く。**それだけで、今年の申告が変わるかもしれません。
関連記事:事業所得と雑所得の区分/経費はどこまで入れられるか/青色申告/白色申告/扶養の範囲/家事按分/年末調整と確定申告/確定申告のやり方/在宅で経理をやる/税理士に頼むか
65万円の枠に収まる働き方から抜けたい人へ。抜けた人が何をしたかはコンサル単価の上げ方にまとめています。
参考:国税庁 タックスアンサーNo.1810「家内労働者等の必要経費の特例」(令和7年4月1日現在法令等)/同「令和7年度税制改正(基礎控除の見直し等関係)Q&A(令和7年5月)」/租税特別措置法第27条