「独立は決めた。でも、開業届とかインボイスとか、手続きが何だかよく分からなくて、足が止まっている」。もしあなたが今そういう状態なら、この記事はあなたのために書きました。やる気の問題でも、調べる根気がないわけでもありません。ただ、調べれば調べるほど「あれも要る、これも要る」と書いてあって、どこから手をつければいいのか分からなくなっているだけです。
私は新卒でアビームコンサルティングに入り、その後アクセンチュアでSAP(企業のお金・購買・在庫・人事などを一本につないで動かす業務システム)の財務会計の導入を担当し、いまはNever Red株式会社を立ち上げて代表をしています。会社の数字を扱う仕事を長くやってきたので、税金まわりは比較的詳しいほうだと思います。それでも、自分が個人事業主として最初の手続きをするときは、正直に言って手が止まりました。プロジェクトで何億円という会計の数字は動かしてきたのに、いざ自分一人の「開業」となると、何が必須で何が後回しでいいのかの当たりがつかない。ネットの記事は親切なものほど網羅的で、読み終わると逆に不安が増えていました。
だからこの記事では、網羅はしません。独立する前後で「最低限これだけ押さえておけば、まず詰まない」というところだけに絞ります。脅しません。盛りません。なお、ここに書くのはあくまで一般的な情報で、制度は改正で変わることもあります。最終的な判断は国税庁などの公式の案内や、税理士(税の専門家)に確認してほしい。それだけ先にお願いした上で、当事者として正直に書きます。
最初にやることは、たった一つ。開業届を出すだけ
独立すると決めたら、最初にやる手続きは一つだけです。開業届(正式には「個人事業の開業・廃業等届出書」)を、自分が住んでいる地域を管轄する税務署に出す。これだけです。
開業届は、A4一枚の紙です。書く内容も、氏名・住所・事業の内容・開業した日くらいで、難しい計算は一つもありません。私が最初に出したときも、身構えていた割に、書いて十分かそこらで終わって拍子抜けしました。提出は税務署の窓口でも、郵送でも、あるいはマイナンバーカードがあればオンライン(国税庁のe-Taxという電子申告のしくみ)でも出せます。費用はかかりません。ゼロ円です。
ここで一つ、正直に言っておきたいことがあります。実は、開業届を出さなかったからといって、すぐ罰金が来るわけではありません。「事業を始めたら原則1か月以内に出してください」というのが原則ですが、出し忘れていても、税務署からいきなり怒られて差し押さえ、みたいな話にはなりません。では何のために出すのか。一番大きい理由は、この後に説明する「青色申告(あおいろしんこく)」という、税金が安くなる申告のやり方を選ぶための入口になるからです。開業届と一緒に出す紙がもう一枚あって、それを出して初めて青色申告ができる。だから「開業届はとりあえず早めに出しておく」のが、ほぼ全員にとって得な選択になります。
身構えなくていいです。最初の一歩は、本当にこれだけです。順番を間違えて損をしないように、後で慌てないように、最初に紙一枚を出しておく。それだけのことだと思ってください。
青色申告にする。これが一番おいしい手続き
開業届を出すときに、ぜひセットで出してほしい紙がもう一枚あります。「青色申告承認申請書」です。名前がいかついですが、これも一枚の届出書で、書くこと自体は多くありません。
確定申告(一年間のもうけを自分で計算して税務署に申告する手続き)には、白色申告と青色申告という二つのやり方があります。ものすごく雑に言うと、青色申告のほうが帳簿(お金の出入りの記録)をきちんとつける必要がある代わりに、税金の優遇が大きい。具体的には、条件を満たせば、もうけから一定額を差し引いてから税金を計算できます。一番大きい枠は最大65万円。ただしここは正直に言っておくと、この65万円には少し条件があって、複式簿記(取引を二面から記録する正式な帳簿のつけ方)に加えて、e-Taxで電子申告するか、決まった方式で帳簿を電子保存するか、どちらかを満たす必要があります。紙で申告すると満額にはならず55万円までになる、というのが今の決まりです。とはいえ会計ソフトを使えば電子申告までほぼ自動でつながるので、身構えるほどの話ではありません。差し引ける分だけ、払う税金が減る。ここを白色のままにしておくのは、私の体感でも正直もったいないです。
「帳簿なんて自分でつけられるのか」と不安になるかもしれません。気持ちは分かります。でも今は、会計ソフト(お金の記録を自動でまとめてくれるアプリ)が月千円程度から使えて、銀行口座やクレジットカードとつなげば、取引の大半は自動で取り込んでくれます。私もSAPのような巨大なシステムを仕事で扱ってきた人間ですが、自分一人の経理はソフトに任せています。むしろ、難しい計算を全部抱え込もうとしないほうがいい。最初は知らない言葉も出てきますが、独立してすぐの取引量なら、一つずつ調べれば追いつく範囲です。
注意点を一つだけ。青色申告承認申請書には提出の期限があります。原則として、青色で申告したい年の3月15日まで、あるいは新しく開業した年は開業日から2か月以内に出さないと、その年は青色にできません。ここを逃すと、まる一年、優遇を受けられないことになります。だからこそ、後回しにせず開業届と一緒に最初に出してしまうのが確実なんです。確定申告そのものの全体像を独立後に知りたい人は、フリーランス1年目の確定申告のほうで具体的に書いているので、そちらを読んでみてください。
インボイスは「全員すぐ登録」ではない。ここが一番誤解されている
ここからが、いま一番みんなが混乱しているところです。インボイス制度(消費税の正式な請求書=適格請求書のしくみ)。「個人事業主になったら、登録しないといけないんですよね?」と聞かれることが本当に多いのですが、答えは「人による」です。全員が今すぐ登録すべきもの、ではありません。
まず大前提として、独立して間もない個人事業主の多くは、消費税を納めなくていい「免税事業者(めんぜいじぎょうしゃ)」からスタートします。おおまかに言うと、二年前の売上が1,000万円を超えていない人は、消費税を納める義務がもともとありません。インボイスに登録するというのは、この立場をわざわざ手放して、自分から消費税を納める側(課税事業者)になる、という決断なんです。だから「登録しないと違法」では、まったくない。登録するかしないかは、自分で選べます。ここをまず腹に落としてほしいです。
では何を基準に選ぶのか。鍵は「あなたの取引先が誰か」です。あなたの請求先が会社で、その会社が消費税を納めている場合、相手はあなたからインボイス(登録した事業者だけが発行できる正式な請求書)をもらえると、自分が納める消費税の計算で有利になります。逆に、あなたが登録していないと、相手の負担がその分だけ増える時期がある。だから会社を相手に仕事をするなら、取引のために登録を求められることが現実にあります。私の周りでSAPやコンサルの仕事で独立した人たちも、取引先が大きい会社中心なので、結局は登録しているケースが多い。私自身、最初に大きめの取引先と話したとき、請求書まわりの確認の中で登録の話が出ました。煽られたからではなく、相手の事務がそれを前提に回っていたからです。
一方で、お客さんが個人の消費者ばかり、という仕事なら、急いで登録する必要はないことが多い。相手は消費税の計算をしないので、インボイスを求めてこないからです。ここを「とにかく登録しなきゃ」と思い込んで、本来納めなくていい消費税を自分から払い始めてしまうと、手取りがその分だけ減ります。だから順番はこうです。まず独立する。取引先が決まる、あるいは見えてくる。その相手がインボイスを必要としているか確認する。必要なら登録する。開業の初日に慌てて決める性質のものではありません。迷ったら、これも税務署や税理士に「自分の取引先の場合どうか」を一度聞くのが確実です。
結局、独立前にやることを順番に並べると
情報が多くて混乱しやすいところなので、最低限の手続きを順番だけで整理します。
一つ目。独立を決めたら、開業届と青色申告承認申請書を一緒に税務署へ出す。これは早めに。費用ゼロ、紙二枚です。期限のある青色のほうを取りこぼさないために、この二枚はセットだと覚えてください。二つ目。会計ソフトを一つ契約して、仕事用の銀行口座とクレジットカードを生活用と分ける。これは手続きというより準備ですが、後の確定申告がまるで違ってきます。私が最初にサボって痛い目を見たのが、まさにここでした。生活費と事業のお金が同じ口座を行き来していたせいで、確定申告の前に一年分の通帳を見ながら「これは仕事、これは私用」と一件ずつ仕分けるはめになり、休日を丸ごと潰しました。最初に口座を分けておけば、あんな思いはしなくて済んだんです。三つ目。インボイスは、取引先が見えてから判断する。求められたら登録、そうでなければ急がない。
国民健康保険や国民年金への切り替えなど、会社を辞めて独立するなら、他にもやることはあります。ただそれは退職に伴う手続きで、開業届やインボイスとは別の流れです。ここで混ぜると、また「やること多すぎ」で足が止まってしまうので、あえて深入りしません。一つの山を越えてから、次の山にかかればいい。
最後に、独立そのものの全体像や、お金の組み立て方をもう少し広く知りたい人は、独立コンサルの単価の決め方も合わせて読んでみてください。手続きはあくまで土台で、本当に大事なのはその先――どう仕事を取り、いくらで受けるか――だからです。
手続きは、あなたが想像しているより、ずっと少ないです。開業届を出す。青色を選ぶ。インボイスは相手を見て決める。まずはこれだけ。完璧に理解してから動こうとすると、いつまでも動けません。私自身、最初は分からないまま紙を出して、走りながら覚えました。あなたも、たぶん大丈夫です。ただし税の取り扱いは制度改正で変わることがあるので、実際に手続きする前には、国税庁の最新の案内か税理士で必ず最終確認をしてください。そこだけは、横着しないでほしいと思います。