独立した最初の年は、赤字になることがあります。売上が立つまでに時間がかかり、機材を買い、登記や届出にお金が出ていく。

そこで、こう考える人がいます。「所得がマイナスなら税金はゼロ。申告する意味がない」。

**これが、独立初年度でいちばん高くつく判断です。**赤字は、正しく申告すれば将来3年ぶんの税金を減らす資産になります。申告しなければ、ただ消えます。

純損失とは何か

まず言葉を揃えます。

事業所得などに損失が出た場合、まず損益通算をします。国税庁の整理では、損益通算の対象になるのは不動産所得・事業所得・譲渡所得・山林所得の4つです。事業の赤字を、他の所得の黒字とぶつける。

それでもなお引ききれない部分が残ることがあります。この引ききれなかった金額が純損失です。

国税庁のタックスアンサーNo.2070(青色申告制度、令和7年4月1日現在法令等)は、こう書いています。

事業所得などに損失(赤字)の金額がある場合で、損益通算の規定を適用してもなお控除しきれない部分の金額(純損失の金額)が生じたときには、その損失額を翌年以後3年間にわたって繰り越して、各年分の所得金額から控除します。

**翌年以後3年間。**2年目に黒字が出れば、そこから引ける。2年目でも引ききれなければ3年目、4年目に持ち越せる。

繰り越すための条件は、2つある

ここが本題です。所得税法70条の条文を読むと、条件が2段構えになっています。

**条件1:損失が生じた年が青色であること。**70条1項は、繰越控除の対象を「その年の前年以前三年内の各年(その年分の所得税につき青色申告書を提出している年に限る。)において生じた純損失の金額」と定めています。赤字が出た年に青色申告書を出していなければ、その赤字は原則として繰り越せません。

**条件2:その後、連続して申告し続けること。**同じ70条の4項は、こうです。

第一項又は第二項の規定は、これらの規定に規定する居住者が純損失の金額が生じた年分の所得税につき確定申告書を提出し、かつ、それぞれその後において連続して確定申告書を提出している場合に限り、適用する。

**「連続して」がすべてです。**2年目が赤字でも、3年目の所得が少なくて納税額がゼロでも、申告書を出し続けなければならない。1年でも抜けると、そこで繰越しの権利が切れます。

「納める税金がない年は申告しなくていい」という一般論が、ここでは牙をむきます。繰越しを守るための申告は、税額のためではなく権利のための申告です。

白色でも繰り越せるものが、少しだけある

「じゃあ白色は全部ダメか」というと、例外があります。70条2項は、白色申告者でも繰り越せる純損失として、次の2つに係るものを挙げています。

  • 変動所得の金額の計算上生じた損失の金額
  • 被災事業用資産の損失の金額

被災事業用資産の損失とは、棚卸資産や事業用資産の災害による損失です(70条3項)。変動所得は、原稿料や著作権使用料など、年ごとの変動が大きい特定の所得を指します。

つまり、**独立初年度によくある「経費が先行して赤字」という普通の事業赤字は、青色でなければ繰り越せません。**白色に残されているのは災害と変動所得の枠だけです。白色申告で済ませようとしている人は、ここを天秤にかけてください。

だから、承認申請の期限が最重要になる

繰越しの入口は、青色申告の承認申請です。国税庁の整理では期限はこうなっています。

区分青色申告承認申請書の提出期限
原則青色申告の承認を受けようとする年の3月15日
新規開業した場合(その年の1月16日以後に新規に業務を開始した場合)業務を開始した日から2か月以内

**独立した人が引っかかるのは2行目です。**4月に開業したなら、6月までに出さないと、その年は白色になります。翌年3月15日までに出せば翌年分からは青色ですが、**初年度の赤字は青色の枠に入りません。**いちばん赤字が出やすい年を、いちばん弱い状態で通過することになる。

開業の手続きをするときに、開業届と青色申告承認申請書を同時に出す。これだけで済む話です。順番を間違えると取り返しがつきません。

青色申告には青色申告特別控除や青色事業専従者給与といった別の利点もありますが、初年度に効くのは、まずこの繰越しです。)

もうひとつの道:前年に繰り戻して、払った税金を返してもらう

繰越しの反対方向があります。No.2070はこう書いています。

前年も青色申告をしている場合は、純損失の繰越しに代えて、その損失額を生じた年の前年分の所得金額に繰り戻して控除し、前年分の所得税額の還付を受けることもできます。

純損失の繰戻しです。将来の税金を減らすのではなく、去年払った税金を返してもらう。国税庁の手続案内「A1-4 純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求手続」によれば、根拠は所得税法第142条、提出時期は「確定申告期限内」、提出先は納税地を所轄する税務署長です。

ただし、独立したばかりの人には大きな落とし穴があります。手続対象者の記載を読んでください。

前年分(上記「概要」のに当てはまる方は、前々年分も)の青色申告書を提出しており、純損失の金額の繰戻しによる還付請求をしようとする青色申告者

**「前年分の青色申告書を提出しており」。**去年まで会社員だった人は、去年の青色申告書を出していません。したがって、会社員時代に納めた所得税を、独立初年度の赤字で取り戻すことは、この制度ではできないということです。

繰戻しが効くのは、独立して2年目以降に赤字が出た人です。前年が青色で黒字、今年が赤字。このときに選択肢が2つになります。

  • 繰戻し:今年、現金が戻る。資金繰りが苦しい年に効く。
  • 繰越し:来年以降の黒字にぶつける。所得税は累進なので、将来の所得が今より大きいなら、そちらで引いたほうが減税額は大きくなりうる。

どちらが得かは、来年以降の見通し次第です。**現金が足りていないなら繰戻し、来年の伸びが読めているなら繰越し。**乱暴に言えばこの順で考えると外しにくい。

なお、繰戻しの請求には不服申立ての道も用意されています。処分の通知を受けた日の翌日から起算して3月以内に、再調査の請求または審査請求ができます。

赤字の年に、ほかにやっておくこと

  • **申告そのものを出す。**繰越しの起点になるだけでなく、国民健康保険の保険料や住民税の判定にも所得の申告が使われます。赤字を申告しないと、所得が把握されないまま高い区分に置かれることがあります。
  • 開業費の扱いを決める。開業費は繰延資産として扱い、償却の時期をある程度こちらで選べます。赤字の年に無理に全部落とさず、黒字の年にぶつけるという選択も成り立ちます。
  • **帳簿を残す。**青色申告の帳簿書類は原則7年間保存(請求書・見積書・納品書などは5年でよいものもある)。繰越しは3年またぐので、保存が切れると根拠を示せなくなります。
  • **還付がないか確認する。**源泉徴収されている報酬があるなら、赤字の年は納めすぎになっているのが普通です。

正直に書きます

独立初年度の赤字を、恥ずかしいものだと思っている人が多い。だから申告も雑になる。

でも税の側から見ると、**初年度の赤字はいちばん価値のある赤字です。**2年目・3年目に売上が伸びたとき、そこに当てられる札を持っているかどうかで、手元に残る現金が変わる。私は、独立を考えている人には開業届より先に青色申告承認申請書の期限を覚えてほしいと思っています。

やることは2つだけです。**開業から2か月以内に青色申告承認申請書を出す。赤字でも毎年申告書を出し続ける。**それだけで、赤字が資産になります。

まとめ

  • 損益通算しても引ききれなかった純損失は、翌年以後3年間繰り越して各年の所得から控除できる(所得税法70条1項)。
  • 条件は2つ。①損失が生じた年に青色申告書を提出していること②その後、連続して確定申告書を提出していること(70条4項)。1年でも申告が抜けると権利が切れる。
  • 白色で繰り越せるのは変動所得の損失と被災事業用資産の損失に係るものだけ(70条2項)。普通の事業赤字は青色でなければ繰り越せない。
  • 青色申告承認申請書の期限は原則3月15日、その年の1月16日以後の新規開業なら業務開始から2か月以内。ここを外すと、いちばん赤字が出やすい初年度が白色になる。
  • 純損失の繰戻し(所得税法142条)は、前年分の所得に繰り戻して所得税の還付を受ける制度。提出時期は確定申告期限内。ただし**手続対象者は「前年分の青色申告書を提出している青色申告者」**なので、前年が会社員だった独立初年度には使えない。
  • 繰戻しは今年の現金、繰越しは将来の減税。資金繰りが苦しいなら繰戻し、来年以降の伸びが読めているなら繰越し。

制度の内容は年度で変わり、有利不利は自分の所得の推移で入れ替わります。この記事は仕組みと期限の整理までです。実際の選択は、自分の数字を入れて税理士に試算してもらってから決めてください。

参考:国税庁 タックスアンサーNo.2070「青色申告制度」(令和7年4月1日現在法令等)/No.2250「損益通算」(令和7年4月1日現在法令等)/「A1-4 純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求手続」/所得税法(第70条、第142条)