独立してから最初に手が止まった仕訳は、経費の按分でもインボイスでもありませんでした。

事業の口座から生活費を引き出したとき、何と書くのか。

答えは事業主貸です。ただ、勘定科目を覚えても腹に落ちません。落ちないのは、この科目が「期末に消える」という前提を知らないからです。

3つの箱の役割

個人事業の帳簿には、法人にはない箱が3つあります。

科目意味出てくる場面
事業主貸事業のお金が、私(事業主)に出ていった生活費の引き出し、所得税の納付、国民健康保険料の引落
事業主借私のお金が、事業に入ってきた個人用カードで事業の買い物、私の預金を事業口座に入金
元入金期首の元手。法人の資本金に近いが、毎年動く開業時の持ち込み、そして毎期の振替

言い換えると、事業主貸と事業主借は私と事業のあいだの貸し借りメモです。損益には入りません。だから、ここに何を書いても税金は増えも減りもしません。

事業主貸で抜けるもの(経費にならないもの)

よく混乱するのは、「経費ではないが、事業の口座から出ていく支払」です。全部これです。

  • 生活費の引き出し
  • 所得税・住民税の納付
  • 国民健康保険料・国民年金保険料
  • 小規模企業共済・iDeCoの掛金
  • 生命保険料・地震保険料
  • 家事関連費のうち、家事に当たる部分

ここで大事な補足があります。国民健康保険料や国民年金保険料、小規模企業共済やiDeCoの掛金は、経費にならないだけで、控除にはなります。社会保険料控除や小規模企業共済等掛金控除として、確定申告書の第二表で引きます。

つまり帳簿では事業主貸、申告書では控除。二段構えです。これを知らずに「経費にならないなら意味がない」と掛金を止めてしまう人がいて、それがいちばん損をします。優先順位はiDeCoと小規模企業共済に分けて書きました。

事業主借になるもの

逆向きです。

  • 個人用のクレジットカードで、事業用の書籍やソフトを買った
  • 手元の私的な預金を、事業口座に入れた
  • 事業口座に入った預金利息や、所得税の還付金

還付金が事業主借になるのは、そもそも納付が事業主貸だったからです。行きも帰りも損益の外を通す、というだけの話です。

期末に、この2つは消える

ここが本題です。

事業主貸と事業主借は、期末に元入金へ吸収されます。翌年に持ち越しません。計算はこうです。

翌年の元入金 = 前年末の元入金 + 前年の所得金額(青色申告特別控除前) + 前年の事業主借 − 前年の事業主貸

だから青色申告決算書の貸借対照表では、事業主貸・事業主借・所得金額の期首欄には金額を書きません(斜線が入っています)。1月1日時点では、この3つは存在しない。存在しないものは書けない、というだけの理屈です。

会計ソフトを2年目に使い始めた人がここでよく詰まります。前年の事業主貸の残高をそのまま期首に入れてしまい、貸借が合わない。入れるのは元入金の1本だけです。

元入金がマイナスになる年もある

計算式を見ればわかりますが、所得より事業主貸(抜いた生活費と税金)が大きい年は、元入金が減ります。減り続ければマイナスになります。

これは帳簿の間違いではありません。事業から抜いた額が、事業が稼いだ額を超えたという事実がそのまま出ているだけです。

ただし、経営の警報としては素直に読むべき数字です。元入金がマイナスの年が続いているなら、単価か生活費のどちらかを動かさないと持ちません。単価側の打ち手は単価交渉にまとめています。

生活費は、月1回・固定額・同じ日に抜く

最後は仕訳ではなく段取りの話です。

個人事業には役員報酬がありません。だから「いくら抜くか」を決める人が誰もいない。結果、ATMで細かく引き出し、事業主貸が月に20行並び、月末に自分がいくら生活に使ったのか誰にもわからなくなる。私はこれを1年やって、やめました。

いま守っているのは3つです。

  1. 月1回だけ抜く。日を決める(私は月末)。
  2. 固定額にする。前年の生活費の実績を12で割った額を基準に置く。
  3. 足りない月は事業主借で戻さず、翌月まで待つ。行き来を増やすと、結局わからなくなる。

こうすると事業主貸の行数が年12行になります。**行数が減ると、金額が見えるようになる。**帳簿がきれいになるのは副産物で、本当の効果は「生活費をいくら抜いているか自分で言えるようになる」ことです。

事業用の口座を分ける話は事業用口座を分けるに書いています。口座を分けてから、この月1回ルールを載せるのが順番としては早い。

まとめ

  • 生活費の引き出しは事業主貸。損益に入らないので、税額は動かない。
  • 所得税・住民税・国保・国民年金・iDeCo・小規模企業共済も事業主貸。ただし控除は申告書側で取る
  • 事業主貸と事業主借は期末に元入金へ吸収され、期首残高はゼロ。だから貸借対照表の期首欄は書かない。
  • 元入金のマイナスは間違いではなく、抜きすぎのサイン。
  • 抜くなら月1回・固定額。行数を減らすと、金額が見える。

処理の細部は事業の形や会計ソフトで変わります。最終確認は国税庁の案内か、顧問の税理士へ。