打ち合わせのコーヒー代480円。移動の電車代390円。技術書2,860円。

これら1件ずつについて適格請求書を受け取り、保存し、記帳する。制度どおりにやろうとすると、1人でやっている事業では確実に破綻します。

そこに置かれているのが少額特例です。名前は地味ですが、実務でいちばん効く軽減措置だと思っています。

何ができる特例か

国税庁の質疑応答は、こう書いています。

基準期間における課税売上高が1億円以下又は特定期間における課税売上高が5千万円以下である事業者が、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間に国内において行う課税仕入れについて、当該課税仕入れに係る支払対価の額(税込み)が1万円未満である場合には、一定の事項が記載された帳簿のみの保存により、当該課税仕入れについて仕入税額控除の適用を受けることができる経過措置(少額特例)が設けられています

根拠は28年改正法附則53の2、改正令附則24の2①です。

要点を分解します。

  • 対象は税込1万円未満の課税仕入れ
  • 適格請求書(インボイス)の保存が要らない
  • 帳簿の保存だけで仕入税額控除ができる

そしてもうひとつ、注記に重いことが書いてあります。

適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、課税仕入れに係る支払対価の額(税込み)が1万円未満である場合には本経過措置の対象となります。

**相手が登録していない免税事業者でも、1万円未満なら全額控除できる。**80%や70%といった経過措置の割合計算に入る必要もありません。小さな支払いについては、相手の登録の有無を気にしなくてよくなる、ということです。

使えるのは誰か——基準期間と特定期間

対象者の要件は2本立てで、どちらか一方を満たせば足ります。

判定期間の意味(個人事業者)基準
基準期間その年の前々年(消法2①十四)課税売上高が1億円以下
特定期間その年の前年1月1日から6月30日まで(消法9の2④)課税売上高が5千万円以下

独立して1人で動いている人なら、まず外れません。前々年の課税売上高が1億円以下——ここで足りてしまいます。

ただし、特定期間の判定には落とし穴があります。

特定期間における課税売上高については、納税義務の判定における場合と異なり、課税売上高に代えて給与支払額の合計額によることはできません。

消費税の納税義務を判定するときは、特定期間の課税売上高に代えて給与等支払額を使う選択肢があります。**少額特例では、それができません。**基準期間で1億円を超えていて特定期間で判定したい人は、ここを取り違えると土台が崩れます。

本題:1万円未満は「1回の取引」で判定する

いちばん誤解されるのがここです。国税庁の資料は、正面から書いています。

この1万円未満については、一回の取引の課税仕入れに係る金額(税込み)で判定することになるため、基本的には、取引ごとに発行された納品書や請求書といった書類等の単位で判定することが考えられる。

**商品ごとではありません。**国税庁が示している4パターンを、そのまま表にします。

パターン実際の取引判定
1X月3日に5,000円、X月10日に7,000円を別々に購入し、それぞれ精算それぞれを一取引として判定。両方とも対象
25,000円と7,000円の商品を同時に購入(計12,000円)商品単位ではなく一取引12,000円で判定。対象外
3月単位で契約し、X月分として100,000円(稼働12日)を月まとめ請求1回当たりに割れば1万円未満だが、一取引は一月単位(100,000円)で判定。対象外
4X月2日に8,000円、X月15日に8,000円を別々に購入し、月まとめ請求書が届く月まとめ請求書ではなく、それぞれの取引単位で判定。両方とも対象

パターン2と4の差が、この制度の性格をよく表しています。「まとめて請求されたか」ではなく「1回の取引か」です。

そしてパターン3が、独立している人にいちばん刺さります。**月額いくらで契約しているサブスクリプションや業務委託は、稼働日数で割れません。**月8,000円のツールは対象、月100,000円の外注は対象外。契約の単位がそのまま判定の単位になります。

帳簿には何を書くか

「帳簿のみの保存」といっても、何も書かなくていいわけではありません。仕入税額控除の要件としての帳簿記載事項——相手方の氏名または名称、取引年月日、取引の内容、支払対価の額——は必要です。

一方で、うれしい注記もあります。

当該経過措置の適用に当たっては、帳簿に「経過措置(少額特例)の適用がある旨」を記載する必要はありません。

**特例を使っている旨の記載は不要。**普通に記帳していれば、それで要件を満たします。会計ソフトに特別な設定を入れる必要もありません。

見落としてはいけない2つのこと

① 所得税側の証拠は、別に要る

これは消費税の仕入税額控除の話です。所得税で経費に落とすための根拠は、別の制度で立っています。

帳簿と領収書の保存は所得税側でも求められ、電子取引のデータ保存の要件も別に走っています。**「インボイスが要らない=領収書を捨てていい」ではありません。**ここを取り違えると、税務調査で経費の説明ができなくなります。

② 令和11年9月30日で終わる

期限が切ってあります。令和5年10月1日から令和11年9月30日まで。

ここに、皮肉な事実がひとつあります。令和8年度の税制改正で、免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置(7・5・3割控除)は適用期限が2年延長され、令和13年9月30日まで続くことになりました。ところが少額特例の令和11年9月30日は、そのままです。

つまり令和11年10月以降は、**「相手が免税事業者なら3割は引ける。でも1万円未満でもインボイスは要る」**という状態になる。事務負担の軽減だけが先に終わります。3年後の話ですが、記帳の型を作るときには頭に入れておいてください。

正直に書きます

私はこの特例を、制度が始まってしばらく知りませんでした。カフェのレシートを1枚ずつ確認して、登録番号が書いてあるかどうかを見ていた。時間の使い方として、まったく割に合っていませんでした。

いま線を引いているのは、こうです。**1万円未満は考えない。1万円以上は、支払う前に相手の登録を確認する。**この2本だけで、判断の回数が劇的に減ります。

制度対応でいちばん消耗するのは、税額そのものではなく毎回考えることです。少額特例は、その回数を削るために置かれている。使わない手はありません。

まとめ

  • 少額特例は、税込1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくても帳簿の保存だけで仕入税額控除ができる経過措置(28年改正法附則53の2、改正令附則24の2①)。
  • 対象は基準期間(個人は前々年)の課税売上高1億円以下、または特定期間(個人は前年1月1日〜6月30日)の課税売上高5千万円以下の事業者。どちらか一方でよい。
  • **特定期間の判定に、課税売上高に代えて給与支払額の合計額を使うことはできない。**納税義務の判定とは扱いが違う。
  • **相手が適格請求書発行事業者でなくても対象。**免税事業者からの1万円未満の仕入れは、割合計算なしで控除できる。
  • **1万円未満は商品ごとではなく「1回の取引」で判定。**同時購入で12,000円なら対象外、別々の8,000円×2は月まとめ請求書でも各取引で判定して対象。月単位契約は月額で判定。
  • 帳簿に「少額特例の適用がある旨」を記載する必要はない。
  • **適用は令和11年9月30日まで。**7・5・3割控除が2年延長されたのに対し、少額特例の期限は動いていない。

消費税は判断の分岐が多く、自分の課税売上高と契約の形で結論が変わります。この記事は制度の骨格の整理までです。実際の処理は自分の数字を入れて税理士に確認してください。

参考:国税庁「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」問111(令和5年4月追加・令和5年10月改訂)/国税庁「『少額特例』における1万円未満の判定単位」/国税庁「少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置)の概要」/国税庁「令和8年度税制改正特集(インボイス制度)」/消費税法(第2条第1項第14号、第9条の2第4項)/所得税法等の一部を改正する法律(平成28年改正法)附則第53条の2