客先に月4回通う。往復1,800円。月7,200円。年に直せば86,400円です。
独立1年目の私は、これを請求書の末尾に「交通費 7,200円」と足していました。実費なんだから当然もらえる、くらいの感覚でした。
ところがこの1行、思っているより多くのものを動かします。**源泉徴収の金額が変わり、消費税の課税売上が増え、発注側の経理処理も変わる。**順に分解します。
そもそも、交通費は誰が負担するのか
契約で決まります。まずそこが出発点です。
そのうえで、契約に書いていないときの民法の原則を押さえておくと交渉がしやすくなります。準委任契約には委任の規定が準用され(民法656条)、受任者が委任事務の処理に必要と認められる費用を支出したときは、委任者にその費用の償還を請求できます(民法650条1項)。必要な費用は前払を請求することもできる(民法649条)。
一方、請負では費用の償還規定がありません。仕事の完成に必要なコストは請負代金に織り込まれている、という建て付けです。同じ「業務委託」でも準委任か請負かで前提が変わる。
ただし、これはあくまで契約に定めがないときの原則です。実務ではほぼ必ず契約書に「交通費は報酬に含む」または「実費を別途精算する」と書いてあります。書いてあるほうが勝ちます。
落とし穴①:交通費も源泉徴収の対象になる
いちばん見落とされるのがここです。
国税庁は、報酬・料金等に旅費・宿泊費を含めるかどうかについて、こう取り扱っています。
- 支払者が直接交通機関、ホテル、旅館等へ通常必要な範囲の交通費や宿泊費などを支払った場合は、報酬・料金等に含めなくてもよい
- それ以外の形で支払われた旅費・宿泊費は、謝礼や研究費などの名目であっても、実態が報酬・料金等と同じであれば源泉徴収の対象
つまり、請求書で行を分けても、名目を「交通費」にしても、自分が立て替えて後から受け取る形なら源泉徴収の対象です。
数字で見るとこうなる
源泉徴収の対象になる業務で、報酬30万円+交通費1万円を請求したとします。
| 源泉徴収の対象額 | 源泉税額(10.21%) | |
|---|---|---|
| 交通費を含める(通常) | 310,000円 | 31,651円 |
| 報酬のみ | 300,000円 | 30,630円 |
差は1,021円。交通費1万円の10.21%です。年間で交通費を86,400円請求するなら、その1割弱がいったん源泉徴収されて手元から消える計算になります。
消えるといっても取られっぱなしではなく、確定申告で精算されます。ただし入金が翌年まで遅れる。資金繰りの話としては無視できません。
発注者に直接払ってもらう手はある
国税庁の取扱いを裏返すと、発注者が交通機関に直接支払えば源泉徴収の対象から外せます。新幹線や航空券を先方に手配してもらうケースがこれに当たります。
出張が多い案件なら、契約時に「遠方の移動は貴社手配」と決めておくと、源泉も精算の手間も同時に消えます。
落とし穴②:交通費も自分の課税売上になる
受け取った交通費は、実費であっても自分の売上です。したがって消費税の計算上も課税売上に入ります。
効いてくるのは免税か課税かの判定です。基準期間の課税売上高1,000万円は、報酬だけでなく交通費込みの金額で判定されます。年間の交通費が数十万円になる常駐寄りの案件だと、判定が動く可能性が出てくる。
2割特例や簡易課税を使っている場合も同じで、納付額の計算の基礎になる課税売上に交通費が乗ります。
落とし穴③:「立替金」にすると書類が増える
交通費を売上に立てずに、純粋な立替金として処理する方法もあります。ただし、この場合は発注側で書類の要件が変わります。
国税庁のインボイス制度の資料は、こう整理しています。
取引先に経費を立替払してもらった場合、“取引先名"の宛名のインボイスの保存では控除不可であり、取引先が作成した「立替金精算書」により、自身の仕入れであることを明確にする必要
さらに、こう続きます。
ただし、仕入先や経費の負担者が大量でコピーが困難などの事情がある場合、取引先名のインボイスを取引先において保存し、自社は「立替金精算書」のみの保存をもって仕入税額控除を行うことも認められる
原則はインボイスの写し+立替金精算書をセットで渡す。精算書には、仕入先がインボイス発行事業者かどうか、適用税率ごとの区分など、仕入税額控除に必要な事項を書いておく必要があります。
1人でやっている事業で、月に数千円の交通費のためにこの書類を毎月作る。**割に合いません。**私が「交通費は単価に含める」に寄せた最大の理由がこれです。
発注側が誤解しやすい点:出張旅費等特例は外注先に使えない
もし自分が発注する側に回るなら、ここは間違えないでください。
国税庁の説明では、出張旅費等特例の対象はこう書かれています。
従業員等に支給する出張旅費、宿泊費、日当等(以下「出張旅費等」という。)のうち、その旅行に通常必要であると認められる部分の金額については、帳簿のみの保存による仕入税額控除が可能
対象は従業員等です。外注先に支払う交通費には使えません。「通常必要であると認められる部分の金額」は所得税基本通達9-3(非課税とされる旅費の範囲)の例により判定するとされ、社内規程の有無や概算払いか実費精算かを問いません。
外注先への交通費の支払いは、原則としてインボイスが必要になります。ただし3万円未満の公共交通機関による旅客の運送などは別の特例の対象で、帳簿のみの保存で控除できます。電車・バスの実費精算がそこに収まるケースは多い。
私の結論:交通費は単価に含めて出す
いま案件を受けるときは、**移動が発生する前提なら単価に織り込んで提示しています。**理由は3つです。
- **どのみち源泉徴収も消費税もかかる。**分けても税務上の扱いはほとんど変わらない
- **精算の手間がゼロになる。**領収書の管理も、立替金精算書のやりとりも要らない
- 後から揉めない。「実費は出ると思っていた」「聞いていない」は、独立初期にいちばん起きやすい事故です
3つ目が本題です。交通費が別建てだと、あとから「今月の交通費は出せない」と言われる余地が残ります。フリーランス新法では、あらかじめ定めた報酬額を発注者の都合で減らすことは禁止されていますが、そもそも交通費を報酬に含めておけば、その議論自体が発生しません。
単価を決めるときは、月4回の往復と、ときどき入る遠方の打ち合わせを見積もって、最初から乗せておく。交渉のカードを1枚減らすのではなく、争点を1つ減らすという考え方です。
まとめ
- 交通費の負担は契約で決まる。定めがない場合、準委任は委任の規定が準用され(民法656条)、必要と認められる費用の償還を請求できる(民法650条1項)。前払の請求も可能(民法649条)。請負には費用償還の規定がない。
- 名目を分けても、自分が立て替えて後から受け取る交通費は源泉徴収の対象。報酬30万円+交通費1万円なら源泉税は31万円×10.21%=31,651円。
- 支払者が交通機関・ホテル等へ直接、通常必要な範囲で支払った場合は報酬・料金等に含めなくてよい(国税庁)。遠方の移動は発注者手配にすると源泉も手間も消える。
- 受け取った交通費は課税売上。基準期間の課税売上高1,000万円の判定にも、2割特例・簡易課税の計算にも乗る。
- 立替金にするなら、取引先名宛のインボイスだけでは控除不可。立替金精算書が要る(大量でコピー困難な場合は精算書のみでも可)。1人事業では手間が重い。
- 発注側の出張旅費等特例は「従業員等」向けで、外注先への支払いには使えない。ただし3万円未満の公共交通機関は別特例で帳簿のみの保存でよい。
- 実務としては単価に含めて出すのが、手間と事故の両方をいちばん減らす。
税額そのものより、毎月の判断と精算の回数が事業を削ります。金額や税率は自分の契約内容で変わるので、請求書の形を決めるときは税理士に一度見てもらってください。
参考:国税庁タックスアンサーNo.2792「源泉徴収が必要な報酬・料金等とは」(旅費・宿泊費の取扱い)/国税庁「インボイス制度 オンライン説明会資料(応用編)」立替金精算書/同「インボイス制度における特例②(出張旅費等特例)」(所得税基本通達9-3の例により判定)/消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A(立替金、公共交通機関特例)/民法第649条・第650条第1項・第656条/特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律