契約書の最後のほうに、こんな一行があります。
「本件成果物に関する著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)は、検収完了時に甲に移転する。」
多くの人が読み飛ばします。私も独立した最初の年は読み飛ばしていました。**この一行は、自分が何年もかけて磨いてきた型を、まとめて相手に渡す条項です。**中身を知ってから署名するのと、知らずに署名するのとでは、数年後の手持ちが変わります。
出発点は「つくった人のもの」
著作権は、登録も申請もなしに、創作した時点で発生します。そして著作者になるのは、原則として実際に創作した個人です。
例外が、**職務著作(法人著作)**です。文化庁の著作権テキストは、著作権法15条の要件をこう整理しています。
(a)その著作物をつくる「企画」を立てるのが法人その他の「使用者」(例えば、国や会社など。以下「法人等」という)であること (b)法人等の「業務に従事する者」が創作すること (c)「職務上」の行為として創作されること (d)「公表」する場合に「法人等の著作名義」で公表されるものであること (e)「契約や就業規則」に「職員を著作者とする」という定めがないこと
要件をすべて満たす場合に限り、会社が著作者になります。
ここで効いてくるのが(b)です。会社員が職務でつくった資料は会社のものになる。ところが**外部に業務委託した相手は、通常「法人等の業務に従事する者」に当たりません。**つまり、発注しただけでは著作権は移らない。
会社員時代の感覚のまま独立すると、ここでずれます。会社員のときは、つくった瞬間に会社のものでした。独立すると、つくった瞬間に自分のものです。**移すには契約が要る。**だから契約書に譲渡条項が入っているわけです。
譲渡できるものと、できないもの
著作者の権利は2階建てになっています。文化庁の整理をそのまま引きます。
| 権利の概要 | 権利の移転等 | |
|---|---|---|
| 著作者人格権 | 著作者の精神的利益を守るための権利 | 著作者に専属する権利であるため、譲渡はできない(第59条) |
| 著作権(財産権) | 著作者の財産的利益を守るための権利 | 土地の所有権などと同様、譲渡や相続することが可能(第61条) |
**財産権は売れる。人格権は売れない。**公表するかどうか、名前を出すかどうか、勝手に改変されないか——この部分は、契約で「譲渡する」と書いても移りません。
そこで実務では、代わりに「著作者人格権を行使しない」という条項が使われます。文化庁のテキストは、この条項の意味をはっきり書いています。
この場合、著作者としては、依頼者が著作物を改変、修正した場合や著作者の氏名を表示しなかった場合でも異議を述べることができないといった不利益が生じるため注意が必要です。
自分の名前が消えること、意図と違う形に直されて世に出ることに、あらかじめ同意する条項だということです。受けるか受けないかは判断ですが、何に同意しているかは知っておくべきです。
27条・28条という、あの謎の括弧
冒頭の一行に戻ります。なぜ「第27条及び第28条の権利を含む」とわざわざ書くのか。
第27条は二次的著作物を創作する権利、第28条は二次的著作物を利用する権利です。文化庁のテキストは、こう説明しています。
著作権法では譲渡人の保護規定(第61条第2項)があり、二次的な利用に関する権利(第27条、第28条)については、契約において特掲されていないときは、譲渡した者に留保されたものと推定する旨、規定されているため、これらの権利を含めた著作権の譲渡を受ける際、契約書に「すべての著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)を譲渡する」と記載しておく必要があります。
つまり**「著作権を譲渡する」とだけ書いた契約では、翻案・改訂・派生物をつくる権利は、渡した側に残っていると推定される。**法律が、譲渡する側を守る方向に初期値を置いています。
これは受ける側にとって重要です。あの括弧書きがあるかないかで、納品した資料をベースに相手が改訂版・続編・別クライアント向けの派生版をつくれるかどうかが変わる。括弧があれば、全部渡っています。
全部渡す必要は、実はない
もうひとつ、あまり知られていない事実があります。著作権は分割して譲渡できます。文化庁のテキストは「複製権などの支分権ごとの譲渡、期間を限定した譲渡、地域を限定した譲渡なども可能とされています」と書いています。
譲渡か非譲渡かの二択ではありません。**「この案件で使う範囲では自由に使ってもらう。ただし汎用の型は自分に残す」**という設計が、法律上はふつうに組めます。
独立してコンサルティングをしていると、成果物はだいたい2層でできています。
- その案件だけのもの:クライアント固有の分析結果、業務フロー、移行計画。これは渡して構わない。渡さないほうが不自然です。
- どの案件でも使うもの:ヒアリングの型、論点の切り方、Excelのマクロ、チェックリストの雛形。これを毎回まるごと譲渡していると、5年後に手元に何も残りません。
契約書のレビューでいちばん実利があるのは、「本件成果物」の定義に、汎用の道具まで飲み込まれていないかを見ることです。飲み込まれているなら、「乙が従前から有する汎用的な著作物は本件成果物に含まれない」といった一文を足す交渉をする。ここは単価の交渉より通りやすい論点です。相手にとって、汎用ツールの権利まで取ることに実利は薄いからです。
フリーランス法は、この論点を明文で拾っている
2024年11月1日に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、知的財産権の扱いを取引条件の明示義務(第3条)の中に組み込んでいます。公正取引委員会のパンフレットの記述です。
また、フリーランスの知的財産権が発生する場合で、業務委託の目的である使用の範囲を超えて知的財産権を譲渡・許諾させる際には、譲渡・許諾の範囲も明確に記載する必要があります。 フリーランスの知的財産権の譲渡・許諾がある場合には、その対価を報酬に加える必要があります。
読み替えるとこうです。譲渡させるなら、範囲を書け。範囲を超えて取るなら、その分を払え。
さらに、禁止行為の「不当な経済上の利益の提供要請」(第5条)の違反例として、こんなケースが挙げられています。
自社が制作する楽曲の候補となる複数の楽曲案の制作を委託し、採用した楽曲については知的財産権を自社に譲渡する契約としていたところ、採用した楽曲に加えて、採用しなかった楽曲の知的財産権を無償で譲渡させた。
コンサルティングに置き換えれば、提案段階でつくった不採用の資料まで無償で持っていかれる構図です。心当たりのある人は少なくないはずです。
募集情報の的確表示義務(第12条)でも、表示すべき内容の例として「成果物の知的財産権の許諾・譲渡の範囲」「成果物の知的財産権の譲渡・許諾の対価」が挙げられています。フリーランス新法は、この論点を「あとで揉める話」から「最初に書いておく話」に移した、と理解するのが正確です。
契約書を受け取ったら見る4点
- **「本件成果物」の定義。**汎用の型・雛形・ツールまで入っていないか。入っているなら除外する一文を交渉する。
- **27条・28条の括弧の有無。**あれば派生物をつくる権利まで渡ります。案件の性質上それが必要なのかを確認する。
- **著作者人格権の不行使条項。**名前が出ないこと、改変に異議を述べられないことに同意する条項です。実績として名前を出したい仕事なら、ここは交渉ポイントになります。
- **譲渡の対価が報酬に乗っているか。**フリーランス法は、乗せる必要があると書いています。「同じ金額で権利だけ広げてほしい」と言われたら、そこは値段の話です。
正直に書きます
私は、譲渡そのものを渋ることを勧めません。案件固有の成果物を渡すのは当然だし、そこで粘っても信用を減らすだけです。
問題は範囲と対価がずれていることです。全部・無期限・全用途で渡すのに、値段は「その案件の成果物1本ぶん」。この非対称に無自覚なまま何年も続けると、手元に残るのは職務経歴書の行だけになります。
契約書は、相手が悪意で書いているわけではありません。ひな形をそのまま使っているだけのことがほとんどです。だから、**聞けばだいたい直ります。**聞かない人だけが、全部渡し続けている。業務委託契約書の読み方を一度覚えてしまえば、これは毎回5分の作業です。
まとめ
- 著作者は原則として創作した個人。会社が著作者になる職務著作(15条)は5要件をすべて満たす場合に限られ、外部の業務委託は通常「法人等の業務に従事する者」に当たらない。発注しただけでは権利は移らない。
- **著作権(財産権)は譲渡できる(61条)。著作者人格権は著作者に専属し譲渡できない(59条)。**代わりに使われる「不行使」条項は、改変や氏名不表示に異議を述べられなくなる条項。
- 27条・28条の権利は、契約で特掲しないと譲渡した側に留保されたと推定される(61条2項)。「すべての著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)を譲渡する」の括弧は、派生物をつくる権利まで渡す意味。
- 著作権は支分権ごと・期間限定・地域限定でも譲渡できる。全部か無しかの二択ではない。案件固有の成果物と汎用の型を分けて設計する。
- フリーランス法では、**使用の範囲を超えて譲渡・許諾させる際は範囲を明確に記載し、その対価を報酬に加える必要がある。**不採用案の知的財産権を無償で譲渡させることは、不当な経済上の利益の提供要請の違反例として明示されている。
- 契約書で見るのは①「本件成果物」の定義②27条28条の括弧③人格権不行使④譲渡対価が報酬に乗っているかの4点。
契約条項の効力は、文言と取引の実態で変わります。この記事は読む順番の整理までです。金額の大きい案件や、汎用ツールを丸ごと持っていかれそうな条項に当たったら、署名の前に弁護士に見てもらってください。取引上の問題については、フリーランス・トラブル110番という無料の相談窓口もあります。
参考:文化庁「著作権テキスト(令和7年度版)」、著作権法(第15条、第59条、第61条)、公正取引委員会「フリーランス・事業者間取引適正化等法」パンフレット