独立して最初の冬、私のパソコンのデスクトップには「確定申告」という名前のフォルダがありました。中身は空です。報酬は振り込まれている、もらったレシートはレシート入れに無造作に突っ込んである、でも何から手をつければいいのか分からない。検索しても「青色申告で65万円の控除」「e-Taxで楽々」みたいな言葉が並んでいて、肝心の「で、私は今、最初に何をすればいいの?」が書いていない。たぶん、いまこの記事にたどり着いたあなたも、あのときの私と同じ気持ちなんじゃないかと思います。
先に正直なことを書きます。確定申告(その年のもうけと納める税金を、自分で計算して国に申告する手続き)は、慣れている人にとっては地味な事務作業です。でも1年目は誰でも怖い。私も怖かった。そして怖さの正体は、たいてい「税金が高いこと」ではなく「やり方を間違えて、後から税務署に怒られること」への不安です。この記事は、その不安にちゃんと名前をつけて、私が実際につまずいた順番のまま手順をたどります。完璧な税務解説ではありません。あなたが「あ、これなら自分にもできそう」と思って最初の一歩を踏み出せること、それだけを狙っています。
なお、これは私が独立して経験したことをもとにした一般的な情報で、私は税理士ではなく、現場でつまずいた一人の元コンサル(企業の課題解決を支援する仕事)です。控除の額や、あなた自身がいくら納めるかといった最終的な判断は、必ず国税庁の公式情報か、税理士に確認してください。制度は毎年のように細かい点が動きます。ここでは具体的な金額や日付をあえて断定しません。
確定申告は「いくら稼いだか」より「お金の流れを残す」ことから始まる
1年目の私が最初にやらかしたのは、いきなり税額を計算しようとしたことでした。電卓を叩いて「これだけ取られるのか…」と青ざめて、ブラウザをそっと閉じる。現実逃避です。順番が完全に逆でした。
確定申告でやることを一番ざっくり言うと、「1年間にいくら入って、いくら使ったか」を整理して、その差額(もうけ)に応じた税金を申告する、という作業です。だから本当の最初の一歩は、計算ではなく記録です。専門用語では帳簿(ちょうぼ。お金の出入りを順番に書きとめた台帳)をつける、と言いますが、難しく考えなくていい。要は「いつ・誰から・いくら入ったか」「いつ・何に・いくら使ったか」を一覧にしていくだけです。
私はこれを年が明けてからまとめてやろうとして、地獄を見ました。11月に使った経費が何だったのか、レシートを眺めても思い出せない。喫茶店の1,200円が打ち合わせだったのか、ただ自分が休んでいただけなのか、本人すら分からない。だから声を大にして言いたい。独立を決めた瞬間から、仕事用の銀行口座とクレジットカードを、生活用と分けてください。これだけで申告の苦しさが半分以下になります。1年目の途中でこの記事を読んでいる人は、今日それをやるだけで、来年の自分が救われます。すでに混ざってしまっている人も、責めなくて大丈夫です。私もそうでした。通帳の明細を一行ずつ「これは仕事、これは生活」と仕分けていけば、ちゃんと形になります。
会計ソフト(帳簿づけを助けてくれる専用のアプリ)を使うかどうかも迷うところですが、1年目で取引の数がそれほど多くないなら、無理に契約しなくても表計算ソフトの一覧で十分回せます。逆に、月の取引が増えて手作業がしんどくなってきたら、それが導入のサインです。ツールは「楽をするため」に入れるもので、「ちゃんとした人になるため」に入れるものではありません。形から入って満足するのが、いちばん危ない。
経費は「事業のために使ったか」がすべて。怖がって削りすぎない
次につまずいたのが経費でした。経費とは、事業のために使ったお金のことです。1年間の売上から、この経費を差し引いた残りが、もうけ(所得)になります。つまり、本来は経費にできる支出を見落とすと、払わなくていい税金まで払うことになる。ここで多くの1年目が、逆の方向に振れます。
私が見てきた独立直後の人は、だいたい二手に分かれます。一つは「これも経費、あれも経費」と何でも入れてしまう人。もう一つは、怖くて「これは経費にしていいのか自信がないから、やめておこう」と削りすぎる人。1年目の私は、完全に後者でした。税務署が怖くて、明らかに仕事のために買った専門書の代金まで、申告から外していた。あとから振り返ると、これは堂々と損をしていただけです。
判断の軸は、実はそんなに複雑ではありません。「その支出が、事業の売上を生むために必要だったか」を、自分の言葉で説明できるかどうか。SAP(エスエイピー。企業の会計や購買、在庫などを一本につないで動かす業務システム)の専門書、クライアント先へ向かう交通費、打ち合わせで入った喫茶店の代金、仕事用のパソコン。これらは事業のための支出だと、胸を張って言えます。一方、家族との食事や趣味の買い物は、当然プライベートです。自宅で仕事をしている人の家賃や電気代のように、仕事と生活が混ざっているものは、使っている割合に応じて一部だけを経費にする考え方(家事按分=かじあんぶん)があります。この割合の引き方はとくに判断が分かれやすいところなので、迷ったらこここそ、国税庁の公式情報を見るか税理士に確認してほしい部分です。
そして、これも痛い実体験ですが、レシートや領収書は捨てないでください。何にいくら使ったかを証明する、大事な証拠です(法律で一定期間の保存が求められています)。私は1年目、もらったレシートを靴箱に放り込んでいて、後で月ごとに封筒へ分けるだけで丸一日溶かしました。月に一度、封筒に入れる。それだけで未来の自分が楽になります。なお、独立の準備段階で使ったお金の扱いについては、コンサルの独立準備は何からでも少し触れています。
青色申告と白色申告、1年目はどう考えるか
帳簿と経費の感覚がつかめてくると、次に出てくるのが「青色申告」と「白色申告」という言葉です。ここで身構える人が本当に多いので、私が理解した範囲で、できるだけ平易に書きます。
ざっくり言うと、白色申告はシンプルな記録で済む代わりに税の上での優遇が小さく、青色申告はきちんとした帳簿づけが求められる代わりに優遇が大きい、という関係です。青色申告には、もうけから一定額を差し引ける特別控除(売上から決まった額を引いて、税金の対象となる金額を小さくできる仕組み)などのメリットがあります。引ける金額は、帳簿のつけ方や提出のしかたによって変わります。よく見かける「65万円」という数字も条件つきなので、自分が実際にいくら引けるのかは、国税庁の公式情報で確認してください。
ただし、青色申告には事前の手続きが必要です。青色で申告したい年については、原則として決められた期限までに「青色申告承認申請書」という書類を、税務署に出しておく必要があります。私の1年目の最大の後悔が、これでした。独立した年に、開業届(個人で事業を始めたことを税務署に知らせる書類)と一緒に出しておけば青色を選べたのに、その申請書の存在を知らないまま、最初の申告は白色になりました。優遇を一年分まるごと取り逃したわけです。これから独立する人、独立したばかりの人は、開業届とこの申請書はセットだと思っておいてください。タイミングを逃すと、その年は青色を選びたくても選べません。提出期限の詳しい条件は、国税庁の公式情報で確かめてください。
とはいえ、もしすでに期限を逃していても、世界は終わりません。その年は白色で淡々と出して、翌年から青色に切り替えればいい。1年目は「完璧な選択」より「期限内にちゃんと出すこと」のほうが、ずっと大事です。制度の細かい違いに立ち止まって、申告そのものが遅れてしまうなら、本末転倒です。
インボイスをどうするか、というもう一つの不安
ここ数年、独立1年目の人が確定申告と同じくらい悩むのが、インボイス制度です。これは確定申告(所得税の話)とは別の、消費税まわりの話なのですが、独立すると一緒に押し寄せてくるので、ここで触れておきます。
インボイスとは、正式には適格請求書(てきかくせいきゅうしょ)という、消費税の扱いを正しく示すための請求書のことです。これを発行するには、税務署に登録して、登録番号をもらう必要があります。ここで多くの人が「登録しないといけないのか」「しないと仕事をもらえなくなるのか」と不安になります。私のところにも、独立準備中の人から「インボイス、登録すべきですか」という相談がよく来ます。
正直に書くと、これは一概に「登録すべき」とも「しなくていい」とも言えません。取引先が企業中心なのか、登録番号の提示を求められているのか、自分が消費税を納める立場になったときどれくらい負担が増えるのか。条件によって、損か得かが変わるからです。負担をやわらげる経過的な特例もあって、毎年のように細かい点が動いています。だからこそ、ここはネット上の断片的な情報や、不安をあおる発信で反射的に決めず、最新の制度を国税庁の公式情報で確認するか、税理士に自分のケースを当てて相談するのが安全です。私自身、ここは一番慎重に確認した部分でした。
一つだけ実感として言えるのは、登録するかどうかを決める前に、まず自分の取引先がどういう構成なのかを把握することです。大きな会社が主な取引先なら、登録番号を求められる場面は多くなるでしょうし、そうでないなら事情は違ってきます。フリーランスとしての確定申告も、このインボイスの判断も、結局は同じことを言っています。よそ様の正解ではなく、自分の足元の事実から判断する。お金で食べていく覚悟そのものについては経理のフリーランスで食べていけるのかでも書きましたが、ここでも結論を急がないことが、一番の安全策です。
提出は「やってみたら拍子抜け」だった
帳簿をつけ、経費を整理し、申告の種類を決めたら、いよいよ提出です。私は提出が一番の山場だと思って身構えていましたが、実際にやってみると、ここが一番あっけなかった。
申告書をつくる作業そのものは、国税庁が用意している「確定申告書等作成コーナー」のような仕組みを使えば、案内に沿って数字を入れていくだけで、ちゃんと形になります。難しい計算式を、自分で一から組む必要はほとんどありません。むしろ大変なのは一つ前の段階、つまり帳簿と経費の整理のほうです。だから、ここまで読んで「提出が怖い」と感じている人に伝えたいのは、本当の作業は手前にあって、最後の提出は思っているよりずっと淡々と終わる、ということです。
ただ、期限だけは守ってください。確定申告には、毎年決まった申告と納税の期限があります。その年の正確な日付は国税庁で確認してほしいのですが、ここを過ぎると、余計な負担が生じることがあります。私は1年目、ぎりぎりまで帳簿を放置して、最後の数日を半分徹夜で過ごしました。情けない話です。だからこそ、年が明けてからまとめてやろうとせず、年内のうちに帳簿の八割を片付けておく。これが一番賢い立ち回りだと、身をもって学びました。
最後に、これは手順ではなく、心構えの話です。1年目の確定申告で、完璧を目指さないでください。プロの税理士でも判断に迷う論点はありますし、私たちは税務のプロではなく、自分の事業のプロです。お金の流れをきちんと記録に残し、期限内に誠実に申告し、迷ったところは公式情報か専門家に確認する。この三つを守れば、最初の一年はそれで十分に合格点です。怖さは、一度やり切れば必ず小さくなります。私がそうでした。来年のあなたは、デスクトップの空フォルダを見て青ざめていた今年の自分を、少しだけ誇らしく思えるはずです。