独立して最初の確定申告のあと、税理士さんに言われました。「浅香さん、iDeCoやってます?」

やっていませんでした。会社員のときに名前は聞いたことがあったけれど、厚生年金がなくなった自分にとって何を意味するのかを、まったく理解していなかった。 老後の話は、いつも「そのうち考える」の箱に入れて先送りしていました。

独立すると、この箱を開けざるを得なくなります。理由は単純で、会社員のときにあった「上乗せ部分」が、丸ごと消えるからです。フリーランスの年金にも書きましたが、厚生年金がなくなって国民年金だけになるというのは、将来もらえる額が想像よりずっと軽くなるということです。その穴を、自分で塞ぐための道具のひとつがiDeCoです。

そして今年、この道具の枠が広がります。2026年12月の制度改正で、個人事業主(国民年金の第1号被保険者)の拠出限度額が、月6.8万円から7.5万円に引き上げられる予定です。年間にすると最大90万円まで。タイミングとして、今まさに考え直す価値のある話なので、私が自分で迷った順番のまま書きます。

制度の要件・限度額・施行時期は最終的に法令と運営管理機関の公式情報が正です。数字も含めて、動く前に必ずご自身で確認してください。私は税理士でも金融商品の専門家でもありません。

iDeCoが個人事業主にとって強い、ただ一つの理由

投資の中身の話から入ると、たいてい迷子になります。だから、いちばん効く一点だけ先に言います。

掛金が、全額そのまま所得控除になる。

これがiDeCoの本体です。仮に月6.8万円を12か月払えば、年間81.6万円。この81.6万円が、そのまま課税所得から引かれます。 引かれた結果として、所得税と住民税が軽くなる。しかもこれは「うまくいったら得をする」話ではなく、掛金を出した時点で確定する効果です。

会社員と違って、個人事業主には給与所得控除がありません。使える武器が少ないぶん、掛金を出すだけで課税所得が丸ごと落ちる仕組みの価値が、相対的にとても大きい。 節税の全体像はフリーランスの節税にまとめましたが、その中でもiDeCoは効き方がはっきりしているほうです。

軽くなる額は所得の水準で変わります。所得が高い人ほど、同じ掛金でも戻りが大きい。逆に言えば、所得がまだ低いうちは、この武器はそこまで刺さりません。 ここは後で効いてくるので、覚えておいてください。

2026年12月に何が変わるのか

今回の改正で、個人事業主に関係する主な点はこれです。

  • 第1号被保険者(自営業者・フリーランス)の拠出限度額が、月6.8万円 → 月7.5万円へ。 年間で最大90万円。
  • 施行は2026年12月1日とされ、引き上げは2026年12月分(2027年1月の引落)から適用される整理です。
  • 加入できる年齢の上限も引き上げられる方向で、より長く積める形になります。
  • ちなみに会社員など第2号被保険者は月6.2万円へ、という形で全体に枠が広がります。

つまり、個人事業主は月7,000円ぶん、年間84,000円ぶん、控除に回せる枠が増える。 所得がある人にとっては、そのまま課税所得を落とせる幅が広がるということです。

ただし、施行日や適用の開始月まわりは細かい条件があります。「12月から自動で満額になる」わけではなく、掛金額の変更手続きは自分でやる話です。改正の詳細は、加入している運営管理機関(証券会社など)と、公式の案内で必ず確認してください。

見落とすと事故になる:国民年金基金・付加保険料との「合算」

ここは本当に注意が必要なところです。

個人事業主の枠は、iDeCo単体の枠ではありません。 国民年金基金や付加保険料と合算した上限として設計されています。つまり、

  • 国民年金基金に入っている人は、その掛金と合わせて上限まで。
  • 付加保険料(月400円)を払っている人は、それも合算の対象

「iDeCoの枠は7.5万円だ」と単純に思い込んで満額を設定すると、すでに使っている枠とぶつかります。 私の周りでも、付加年金を払っていることを忘れていて、あとで調整が入った人がいました。自分がすでに何を払っているかを先に洗い出してから、掛金を決めてください。

最大の弱点:60歳まで、絶対に引き出せない

ここまで良い面を書いたので、公平に、いちばん痛い部分を書きます。

iDeCoに入れたお金は、原則として60歳まで引き出せません。 事業が苦しくなっても、案件が飛んでも、生活費が足りなくなっても、出せない。掛金を止めることはできますが、すでに入れた分は取り返せない。

これが、個人事業主にとっては会社員以上に重い意味を持ちます。フリーランスの収入は、上下します。 順調な年もあれば、案件が切れて数か月ゼロという年もある。そしてフリーランスの国民健康保険や住民税の請求は、前年の所得をもとに、収入が落ちた年に襲ってきます。 稼いだ翌年に、稼げない状態で払う。この構造が、独立してしばらくは効きます。

そのとき、手元に現金がないのに、口座には手をつけられない資産だけがある。これは相当きついです。節税のつもりで、自分の資金繰りを絞め殺すことになりかねない。私が独立直後にiDeCoを満額にしなかったのは、この一点が理由でした。

小規模企業共済と、どっちを先に埋めるか

個人事業主が使える似た道具に、小規模企業共済があります。こちらも掛金が全額所得控除になり、月7万円まで。しかもiDeCoとは別枠で使えます。 詳しくは小規模企業共済に書きました。

私が両方を並べて比べたとき、決め手になったのは**「引き出せるかどうか」**でした。

小規模企業共済:

  • 掛金は全額所得控除。別枠なので、iDeCoと両方使える。
  • 廃業したときや、条件を満たしたときに受け取れる。 60歳を待つ必要が必ずしもない。
  • 契約者貸付という、掛金の範囲内で借りられる仕組みがある。 つまり、いざというときに完全な塩漬けにはなりにくい。

iDeCo:

  • 掛金は全額所得控除。運用益にかかる税の扱いにも優遇がある。
  • 60歳まで出せない。 貸付のような逃げ道もない。

守りの順番として、私はこう整理しました。

  1. まず現金。 生活防衛資金が薄いうちは、控除より流動性です。フリーランスの貯金はいくら必要かに書いた水準まで、まず現金を積む。
  2. 次に小規模企業共済。 控除が効いて、かつ最悪のときに引き出せる余地がある。独立初期の資金繰りと両立しやすい。
  3. そのうえでiDeCo。 所得が安定して、60歳まで触らないと言い切れるお金が出てきてから。

これは私の順番であって、全員の正解ではありません。所得が十分高くて、収入も安定していて、現金も厚い人なら、両方を早めに埋めるほうが合理的です。逆に、独立して1年目で収入が読めない人が、控除に釣られてiDeCoを満額にするのは、私は危ないと思っています。節税は目的ではなく、手元にお金を残すための手段です。手段のせいで手元が枯れたら、本末転倒になる。

独立したばかりの人が、いちばんやりがちな間違い

最後に、これだけは書いておきます。

「税金が安くなるから」だけでiDeCoを決めないでください。

所得が低い年は、そもそも控除の効果が小さい。効果が小さいのに、60歳まで動かせない資産に変えてしまう。払った側の痛みだけが手元に残ります。 逆に所得が伸びてきた年は、控除の効果が大きくなるので、そこで積む意味が出てくる。**iDeCoは「所得が乗ってきてから効く道具」**だというのが、私の理解です。

そして、掛金は途中で変えられます。最初から満額にする必要はない。 少額で始めて、事業が安定してから増やす。2026年12月に枠が7.5万円に広がるのも、枠が広がるだけで、埋める義務はどこにもありません。

私が独立して学んだ一番の教訓は、キャッシュが尽きたら、どんなに良い制度も意味がないということでした。制度の話は、いつも自分の資金繰りの後ろに置く。順番を間違えなければ、iDeCoは強い味方です。

まとめ

  • iDeCoの本体は掛金が全額所得控除になること。給与所得控除のない個人事業主には効きが大きい。
  • **2026年12月1日施行の改正で、第1号被保険者の拠出限度額は月6.8万円→7.5万円(年最大90万円)**に引き上げられる予定。適用は2026年12月分(2027年1月引落)から。加入可能年齢も広がる方向。
  • 枠は国民年金基金・付加保険料と合算。 自分が今なにを払っているかを先に確認する。
  • 最大の弱点は60歳まで引き出せないこと。 収入が上下するフリーランスには重い。
  • 私の順番は①現金 → ②小規模企業共済(別枠・引き出す余地あり) → ③iDeCo。 所得が乗ってから積む。

繰り返しますが、限度額も施行時期も税の扱いも、法令と公式情報が正です。この記事は判断の入口までで、最後は運営管理機関の公式案内と、顧問税理士に確認してから動いてください。

老後の穴をどう塞ぐかという話はフリーランスの年金、受け取り方まで含めた退職金の考え方はフリーランスの退職金にも書いています。厚生年金がなくなった穴は、放っておいても誰も塞いでくれません。 ただ、塞ぐ順番を間違えると、今の自分が死にます。現金が先、控除は後。そこだけは、独立した人に強く言っておきたいところです。