独立して数か月たった頃、知人の紹介で保険の相談を受けました。出てきた提案は、賠償責任・就業不能・生命保険・医療保険の全部入り。年間の保険料は30万円を超えていました。

「フリーランスは会社が守ってくれないので」と言われて、正直、少し揺れました。会社員をやめた直後は、自分がむき出しになった感覚が強い。その不安に、提案書はよく効きます。

結局、私はその見積もりを断りました。代わりにやったのは、会社員時代に会社が持っていてくれた守りを一つずつ書き出して、消えたものだけを埋めるという作業です。この記事は、その順番の話をします。保険商品の条件は会社ごとに違うので、加入前には必ず約款と公式情報を確認してください。

まず、何が消えたのかを書き出す

会社を辞めた時点で、私の周りから消えたものはこれだけありました。

  • 業務中のケガの補償(労災保険)
  • 病気で働けないときの給料の一部(健康保険の傷病手当金)
  • 会社が入っていた賠償責任の保険(仕事の事故を会社が引き受けていた)
  • 退職金と、会社が半分払っていた年金の上乗せ

裏を返すと、それ以外の多くは消えていません。 健康保険は国民健康保険に、厚生年金は国民年金に切り替わって続いている。医療費の3割負担も、高額療養費の仕組みも生きています。

全部入りの提案が高くなるのは、消えていないものまで民間で買い直そうとするからです。ここを切り分けたことで、私の検討範囲は一気に狭くなりました。

穴その1:仕事で誰かに損害を与えたとき

これは、フリーランスになって初めて自分の名前で背負うことになったリスクです。

会社員なら、担当した案件で問題が起きても、契約の当事者は会社でした。損害賠償の話になれば会社が矢面に立つ。ところが独立すると、契約書に自分の名前が入り、責任も自分に返ってきます。

想定される場面は、業種によって違います。

  • 納品物の不備で、相手方に損害が出た
  • 預かったデータを流出させてしまった
  • 客先で機材を壊した、人にケガをさせた

ここを埋めるのが賠償責任保険です。フリーランス向けに提供されているものもあり、保険料は補償の範囲や上限によって幅があります。

私の判断はこうでした。契約書に賠償の上限が書かれているかどうかで、必要度が変わる。 上限が「報酬額を限度とする」と書いてあるなら、抱えるリスクの大きさは見えています。逆に上限の定めがない契約を受けるなら、備えの優先度は上がる。 契約書のどこを見るかは業務委託契約書で最低限みるべき場所にまとめました。保険を検討する前に、まず契約書を読み直すほうが効きます。

穴その2:自分が働けなくなったとき

ここが、いちばん大きな穴だと思っています。

会社員が病気やケガで長く休んだとき、健康保険から傷病手当金が出ます。給与のおおむね3分の2ほどが、一定期間支給される仕組みです。ところが、国民健康保険には、この傷病手当金が原則ありません。

つまりフリーランスは、働けなくなった瞬間に収入がゼロになる構造で生きています。しかも、家賃も国保も年金も止まりません。国民年金の保険料には免除の仕組みがありますが、生活費そのものは待ってくれない。

この穴の埋め方は、3つあります。

1つ目は、現金です。 私が最初に置いたのはこれでした。生活費の半年ぶんを、事業用とは別の口座に寄せておく。保険料も審査も要らず、どんな理由でも使えるという点で、これに勝つ手段はありません。フリーランスの貯金に、どれくらい積むかの考え方を書いています。

2つ目は、公的な制度です。 業務上や通勤中のケガに限られますが、労災保険の特別加入という道があります。2024年11月から業種を問わず加入できるようになりました。自動で入るものではなく、自分で手続きが要ります。詳しくはフリーランスの労災保険に書きました。

3つ目が、民間の所得補償保険・就業不能保険です。 働けない期間の収入を補うもので、順番としては最後。理由は単純で、現金と公的制度で埋まらない部分だけを買うほうが、保険料が安く済むからです。免責期間(何日休んだら支払われるか)と、対象となる状態の定義は商品ごとに大きく違うので、ここは約款を読むしかありません。

なお、健康を保つこと自体が最大の備えでもあります。会社の健診がなくなる話はフリーランスの健康診断に整理しました。

穴その3:死亡と、老後

家族がいるなら、生命保険の要否はここで考えます。必要な保障額は「万一のときに残る支出」から逆算するもので、フリーランスだから多く要る、という性質のものではありません。会社員時代に入っていたものがあるなら、まずその内容が独立後の生活に合っているかを見直すほうが先です。

老後については、保険より先に使うべき制度があります。小規模企業共済は掛金が所得控除になり、廃業時などに受け取れる仕組みで、退職金の代わりとして設計されています。iDeCoも掛金が全額所得控除ですが、60歳まで引き出せません。この2つの順番は小規模企業共済個人事業主のiDeCoに、私が迷った経緯ごと書きました。

貯蓄性のある保険を検討するのは、この2つの枠を使ったあとというのが私の結論です。

私が結局、どう決めたか

順番はこうなりました。

  1. 現金を半年ぶん置く。 何より先。ここが薄いまま保険を積むと、保険料が資金繰りを圧迫します。
  2. 公的な制度を先に使う。 労災の特別加入、小規模企業共済、iDeCo。所得控除が効くぶん、実質の負担が軽いのが大きい。
  3. 契約書を読み直して、賠償のリスクを測る。 上限の定めがない契約が多いなら、賠償責任保険を検討する。
  4. 残った穴だけ、民間の保険で埋める。 私の場合、優先したのは働けない期間の備えでした。

これで、最初の提案の3分の1以下に収まりました。削ったのは補償ではなく、重複です。

経費になるかどうかの注意

最後に実務の話を。保険料が経費になるかどうかは、種類によって扱いが分かれます。 事業のための賠償責任保険は経費として扱われるのが一般的ですが、生命保険料や、事業主本人のための所得補償は、事業の経費ではなく所得控除の側で処理するケースがあります。

「保険料は全部経費」と考えて確定申告の書類を作ると、あとで直すことになります。判断に迷うものは、加入前に顧問税理士に確認しておくと手戻りがありません。


不安なときほど、全部入りの提案は魅力的に見えます。でも保険は、不安を消す道具ではなく、特定の穴を塞ぐ道具です。

自分の穴がどこにあるかは、会社員時代の守りを書き出せば見えてきます。私はその作業に半日かけて、年間の保険料を大きく減らしました。半日で見つかる穴に、10年ぶんの保険料を払う必要はないと思っています。

各商品の補償範囲・免責・保険料は会社ごとに異なります。加入前には必ず約款と公式情報を確認してください。