「そろそろ、人を入れようと思っていて」
独立して2年目、3年目の人からいちばんよく聞く相談です。仕事は取れている。手が足りない。だから雇う。順番としては正しい。
ただ、1人目を雇った瞬間に、あなたは事業主から雇い主に変わります。税務署・労働基準監督署・ハローワークの3か所に書類が飛び、毎月の締め作業が増え、そして辞めてもらうのは簡単ではなくなる。この非対称性を分かったうえで押すかどうか、という話です。
その前に──雇用なのか、業務委託なのか
「アルバイトで」「業務委託で」と、言葉だけで決めてしまう人がいます。ここは言葉ではなく実態で判定されます。
時間と場所を指定し、やり方を指示し、断る自由がないなら、契約書の表題が業務委託でも雇用です。あとから労働基準監督署や年金事務所に指摘されると、遡って保険料を求められることがあります。判定の考え方は準委任と請負の違いの記事に書いた指揮命令の話がそのまま使えます。
外注で回るなら、雇わないほうが軽い。これは本音です。それでも雇うのは、育てて任せたいときだけでいい。
1人目を雇った日に、走り出す手続き
期限が短いものが混ざっています。雇ってから調べ始めると、だいたい間に合いません。
| 届出 | 提出先 | 期限 |
|---|---|---|
| 給与支払事務所等の開設届出書 | 税務署 | 開設の事実があった日から1か月以内 |
| 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書 | 税務署 | 任意(出すなら早いほうがいい) |
| 労働保険 保険関係成立届 | 労働基準監督署 | 保険関係が成立した日から10日以内 |
| 労働保険 概算保険料申告書 | 労働基準監督署など | 成立した日から50日以内 |
| 雇用保険 適用事業所設置届 | ハローワーク | 設置の日の翌日から10日以内 |
| 雇用保険 被保険者資格取得届 | ハローワーク | 資格取得した月の翌月10日まで |
開業届のときは税務署だけで済みました。人を雇うと役所が3つに増える。ここが実務上いちばん効く変化です。
労災は例外なし、雇用保険には線がある
この2つは、同じ「労働保険」でも入り口が違います。
労災保険は、パートやアルバイトを含めて労働者を1人でも使用すれば、業種・規模を問わず適用事業になります(農林水産の一部を除く)。週1日の学生アルバイトでも同じです。「短時間だから」は理由になりません。
なお、事業主であるあなた自身は労災の対象外です。自分側の備えはフリーランスの労災特別加入の記事に分けて書きました。
雇用保険には基準があります。
- 1週間の所定労働時間が20時間以上
- 同一の事業主に継続して31日以上雇用される見込みがある
この両方を満たす人が被保険者です。ここは近い将来動きます。2024年に成立した改正雇用保険法により、2028年10月1日から週10時間以上へ引き下げられる予定です。短時間のスタッフを何人も抱える形にするなら、この先の線を頭に入れて設計しておいたほうがいい。
5人目で、もう一段ラインを越える
個人事業所の健康保険・厚生年金は、常時5人以上の従業員を使用し、かつ法定17業種に当たる場合に強制適用になります。2022年10月に士業が追加されて16業種から17業種になりました。
- 5人未満……強制適用にはならない(任意適用の道はある)
- 5人以上でも非適用業種……飲食、理美容、旅館などのサービス業や農林水産業は対象外
- 法人にすると……従業員がいなくても、代表者1人でも強制適用
つまり、人数を増やす選択と法人化の選択は、社会保険というひとつの論点で交わります。「5人目を採るか」「法人にするか」を別々に考えていると、社会保険料の負担が急に視界へ入ってきて驚くことになります。
毎月、静かに増える仕事
雇ったあとに続くのは、届出ではなくルーティンです。
- 給与計算をして、源泉徴収する
- 預かった源泉所得税を翌月10日までに納付する
- 従業員から給与所得者の扶養控除等(異動)申告書を出してもらう
- 年末に年末調整をする
- 翌年1月31日までに給与支払報告書を市区町村へ、法定調書を税務署へ出す
2の毎月納付がきついなら、納期の特例があります。給与の支給人員が常時10人未満なら、申請して承認を受けることで、1月〜6月分を7月10日、7月〜12月分を翌年1月20日の年2回にまとめられます。1人目を雇うときに一緒に出しておくのが実務的です。
ただし年2回にすると、預かった税金が半年間ふところに滞留します。使ってしまって納付できないという事故がここで起きる。私は預り金だけ別口座に寄せています。口座を分ける考え方は事業用口座の記事のとおりです。
払うのは、給与だけではない
月30万円で採った人のコストは、月30万円ではありません。
- 給与
- 社会保険料の事業主負担(強制適用または任意適用の場合)
- 労働保険料(労災保険料は全額事業主負担、雇用保険料は労使で分担)
- 通勤費、備品、ソフトのライセンス
- そしてあなたが教える時間
最後がいちばん見えません。1人目は、採用した月から3か月くらい、自分の生産量が落ちます。落ちる前提で受注を組んでいないと、雇ったせいで手取りが減ったという結末になります。
賃金の下限も毎年動きます。令和7年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,121円(前年度から66円の引き上げ)、最高額1,226円・最低額1,023円で、全都道府県が1,000円を超えました。改定は毎年10月ごろから順次発効するので、時給で採るなら毎年秋に見直すのを年中行事にしてください。
家族に手伝ってもらう場合は、別の話
生計を一にする配偶者や親族へ払う給与は、原則として必要経費になりません。代わりに青色事業専従者給与という制度があり、事前の届出と「労務の対価として相当な額」という条件が付きます。ここは他人を雇う話とルールが違うので、専従者給与の記事を先に読んでください。
雇う前に、3つだけ確かめる
- 12か月分の給与を、いま見えている案件だけで払えるか(見込みの案件は数えない)
- その人にやってもらう仕事を、手順として書き出せるか。書けないなら教えられない
- 合わなかったときにどうするかを、採る前に決めてあるか
3を飛ばす人が多い。雇用は入口より出口が硬い制度です。硬いから守られる側が安心して働ける、という制度でもある。だから採る側は、入口で慎重になるのが筋です。
私が最初に人と組んだとき、いちばん驚いたのは手続きの多さではありませんでした。自分の時間の使い方が変わったことです。稼働を売って生きていた人間が、他人の稼働を設計する側になる。数字の作り方が根本から変わります。
その転換ができるなら、人を雇うのは事業の形を変える一手になります。できないうちに人数だけ増やすと、単に単価の低い自分が増えるだけで終わる。1人目を採る前に確かめるべきは、資金繰りより先に、そこだと思います。
※本記事は2026年7月時点の情報に基づく整理です。届出の期限・様式、保険の適用要件、最低賃金額は改正や年度改定で変わります。実際の手続きは所轄の税務署・労働基準監督署・ハローワーク・年金事務所、および顧問税理士・社会保険労務士にご確認ください。
参考:国税庁「A2-7 給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出」「No.2502 源泉徴収義務者とは」「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請」/厚生労働省「労働保険の成立手続」/改正雇用保険法(2024年成立、週10時間以上への適用拡大は2028年10月1日施行予定)/日本年金機構・厚生労働省 個人事業所の強制適用(常時5人以上・法定17業種、2022年10月に士業を追加)/厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(令和7年度改定)