「扶養の範囲で始めたい」という相談を、独立を考えている人からよく受けます。
そのたびに最初に言うのが、**「税の話ですか、健康保険の話ですか」**です。だいたい聞き返されます。私も昔は同じで、扶養という言葉がひとつの制度だと思っていました。
実際は2階建てです。1階が税、2階が社会保険。境界線も、金額の数え方も違う。 そして事業所得のある人が引っかかるのは、ほぼ確実に2階のほうです。
1階:税法上の扶養
まず税から。配偶者を扶養に入れるかどうかは、**配偶者の「合計所得金額」**で決まります。
令和7年分から基準が変わりました。
- 配偶者の合計所得金額が58万円以下 → 配偶者控除
- 58万円超133万円以下 → 配偶者特別控除
控除を受ける側(納税者本人)の合計所得金額が1,000万円以下であることも条件です。控除額は本人の所得区分で変わり、本人が900万円以下・配偶者が一般であれば38万円。配偶者特別控除は、配偶者の所得が上がるにつれて38万円から段階的に下がっていきます。
給与だけの人なら、58万円の所得は給与収入123万円に相当します。長らく「103万円の壁」と呼ばれていたラインが動いた、という話です。
ここで大事なのは、事業所得は「収入」ではなく「収入−必要経費」だということ。 売上が150万円でも、必要経費が70万円あれば所得は80万円になります。さらに青色申告なら青色申告特別控除も差し引けます。だから売上の額面だけを見て「もう扶養から外れた」と判断するのは早い。
経費の線引きは経費はどこまで認められるかに、自宅を使う場合は家事按分に、青色申告の実務は青色申告のやり方にまとめました。
2階:社会保険上の扶養
こちらは物差しが変わります。配偶者の健康保険の被扶養者になり、国民年金の第3号被保険者になれるかどうかの話です。
要件はおおむね次のとおりです。
- 年間収入が130万円未満(60歳以上または障害者の場合は180万円未満)
- かつ、同居なら被保険者の年収の2分の1未満、別居なら仕送り額未満
- 第3号被保険者になれるのは、20歳以上60歳未満の被扶養配偶者
もうひとつ、見落としやすい点があります。**ここでいう年間収入は、過去の実績ではなく「これからの見込み」**です。認定される日以降の見込み額で判定されます。独立直後で前年の実績がなくても、これから月々どれくらい入るのかを説明することになります。
制度全体の見取り図はフリーランスの社会保険に置きました。
落とし穴は、経費が同じように引けないこと
ここが本題です。
税の世界では、収入から必要経費を引いた額が所得でした。ところが健康保険の被扶養者の判定では、その必要経費を税と同じようには引けないのが一般的です。
判定で差し引けるのは、その事業を行うために直接必要な経費に限られるという考え方が取られることが多く、税務上は経費として認められる支出でも、判定では認められない場合があります。青色申告特別控除のような、税制上の控除は基本的に引けません。
つまり、こういうことが起きます。
売上180万円、必要経費60万円、青色申告特別控除65万円。 税の世界では所得55万円 → 配偶者控除の対象になり得る。 健康保険の世界では、経費の一部しか引けず130万円を超える → 被扶養者から外れる。
同じ1年の同じ数字で、片方は通って片方は落ちる。私が「税ですか、健康保険ですか」と最初に聞き返すのは、この非対称があるからです。
そして判定基準は健康保険組合ごとに違います。どの経費を認めるか、開業届を出した時点でどう扱うかは、加入先の運用次第です。なかには事業を始めた時点で収入額にかかわらず被扶養者から外す運用のところもあります。ネットの体験談は、あなたの健保の答えではありません。
外れたときに何が起きるか
被扶養者から外れると、自分で国民健康保険に入り、国民年金は第1号被保険者として保険料を納めることになります。第3号のあいだは自分で年金保険料を納める必要がありませんでしたが、それがなくなります。
金額の感覚は国民健康保険への切り替えとフリーランスの年金にまとめています。**外れること自体は失敗ではありません。**問題は、外れると知らずに1年走って、あとから遡って処理することです。
私が勧める順番
3つだけです。
1. 加入先の健康保険に、先に聞く。 税の話は国税庁の情報で調べがつきますが、社会保険の判定は加入先の運用が答えです。開業前に電話1本かけておく価値があります。
2. 数字は「見込み」で言語化しておく。 月いくらの契約が何本で、経費が何にいくらかかるのか。判定でも確定申告でも、同じ紙が使えます。
3. 130万円を避けるために仕事を減らすかどうかは、最後に考える。 抑えるために案件を削るのか、超えて自分で社会保険に入るのか。**どちらが正解かは、その先どこまで伸ばすつもりかで変わります。**扶養に収めることを前提にすると、事業の天井を自分で決めることになる。それでいいのかは、一度立ち止まって考える価値のある問いです。
扶養は「入れるかどうか」の話に見えて、実際には事業の設計の話でした。1階と2階を分けて考えられるようになると、判断はかなり静かになります。
※本記事は2026年7月時点で公開されている公的機関の情報をもとに、独立した個人の実務目線で整理したものです。税制は改正され、社会保険の被扶養者の認定基準は加入先の健康保険によって運用が異なります。実際の判断では、必ず国税庁の情報と、ご自身が加入する健康保険・年金事務所の窓口でご確認ください。