「フルリモート可」と書かれた案件を受けて、蓋を開けたら月に何度も客先へ行くことになった。この話は、独立した人からいちばんよく聞く食い違いのひとつです。
私はこれを、誰かが嘘をついた結果だとは思っていません。発注側と受注側で、「リモート」という言葉が指しているものが最初からずれているだけです。ずれたまま契約すると、稼働が始まってから初めて表面化する。しかもそのころには、断りにくくなっています。
この記事では、言葉のずれを先に潰す方法を書きます。私はアビームコンサルティングとアクセンチュアでSAP(会社の会計・購買・在庫などを一本につないで動かす業務システム)の財務会計の導入をやってきて、いまはNever Red株式会社で、独立した方に仕事が渡る側の設計もしています。受ける側と出す側、両方の事情を書きます。
「リモート」は4段階ある。どれを指しているかを先に確かめる
まず、言葉を分解します。案件票に「リモート可」としか書かれていないとき、実際には次のどれかです。
| 呼び方 | 実際の出社 | 出る理由 |
|---|---|---|
| 完全リモート | ゼロ。契約期間中一度も行かない | 環境がクラウドで完結し、相手も分散している |
| 原則リモート | 月1〜2回程度 | 節目の会議、キーマンとの関係づくり |
| ハイブリッド | 週1〜2日 | 定例が対面、現場部門へのヒアリングが継続的にある |
| 常駐(リモート併用可) | 週4〜5日 | 客先の環境でしか作業できない。または慣習 |
食い違いのほとんどは、受注側が1行目を思い浮かべ、発注側が2行目か3行目を思い浮かべているときに起きます。どちらも自分の中では「リモート」と呼んでいるので、会話は成立してしまう。
だから、確認する言葉を変えます。「リモートは可能ですか」ではなく、こう聞きます。
「直近1か月で、この役割の方は何日、客先に行かれましたか」
可否ではなく実績を聞く。数字で返ってくるか、返ってこないかで、その案件のリモートの実態がだいたい分かります。求人票や案件票の書き方から実態を逆算する読み方は、コンサルの求人票はどこを読むと現場が分かるかにも書きました。
工程によって、リモートの向き不向きははっきり分かれる
「この案件はリモートでできるか」は、案件単位では決まりません。工程単位で決まります。同じ案件でも、前半は行く必要があり、後半は行かなくていい、ということが普通に起きます。
| 工程 | リモート適性 | 理由 |
|---|---|---|
| 構想・現状調査の初期 | 低い | 誰が何を握っているかが分からない。雑談から出る情報の比重が大きい |
| 要件定義 | 中くらい | 会議はできる。ただし現場部門を引っ張り出す力は対面のほうが強い |
| 基本設計・詳細設計 | 高い | 成果物で会話できる。人と時間の調整が主 |
| 開発・単体テスト | 高い | 環境が接続できれば場所を問わない |
| 移行・データ整備 | 低い | 実データに触る。持ち出し制限がかかることが多い |
| 受入テスト(ユーザー側) | 低い | 現場の人が操作でつまずく瞬間を、その場で見る必要がある |
| 本番稼働の直前と直後 | 最も低い | 障害が出たときの初動が対面前提で設計されている |
| 稼働後の定着支援 | 中くらい | 問い合わせ対応はリモートで回る。研修は対面が多い |
ここから分かることが一つあります。リモートで受けやすい案件とは、設計から開発の期間に自分が入る案件だということです。逆に、移行と本番稼働をまたぐ役割を引き受けると、リモートの条件はほぼ確実に崩れます。
私の専門であるSAPの財務会計まわりでいうと、いちばん行くことになるのは期首や期末をまたぐ移行の局面です。ここは残高を実際に突き合わせる工程なので、画面越しで済ませようとすると、かえって時間がかかります。SAP領域で独立して働くときの現実はSAPフリーランスの現実に、案件の粒度がどう変わるかはITコンサルがフリーランスになると案件はどう変わるかに、それぞれ書いています。
発注側が対面を求める理由は、3つに分けられる
「なぜ来てほしいのか」を分解すると、交渉できるものと、できないものが分かれます。ここを一緒くたにすると、全部が交渉不能に見えてしまいます。
理由1:環境が社内にしかない
いちばん硬い理由です。基幹システムの本番環境や実データが、社内ネットワークからしか触れない。これは相手の情報セキュリティの規程で決まっていることが多く、担当者の裁量では動きません。
この場合は、リモートで受けるかどうかの交渉ではなく、**「行く日を、環境に触る日だけに絞れないか」**という交渉に変えます。設計の議論と、環境作業を、同じ日に固める。それだけで週3が週1になることがあります。
理由2:巻き込む相手が現場にいる
現場部門、工場、経理の実務担当。この人たちは会議室に集まる習慣がないことが多く、席まで行って5分聞くのがいちばん速い、という状況が実在します。
これは交渉できます。ただし交渉材料は「リモートでもできます」ではなく、**「この人たちに何を聞くのかを、こちらで先に一覧にする」**です。聞く内容が決まっていれば、まとめて時間を取れる。段取りで対面の必要量を減らすアプローチです。
理由3:管理の慣性
「見えていないと進んでいるか分からない」という不安です。悪意ではなく、そういう管理の仕方しか経験がないというだけのことが多い。
これは実績で溶けます。溶かし方も決まっていて、最初の2〜3週間だけこちらから報告の頻度を上げる。週次の進捗と、詰まっている論点を先に出す。相手が「見えている」と感じた時点で、出社の要求は静かに減ります。私の経験では、いちばん確実に効いたのはこれでした。
**理由1は構造なので動かない。理由2は段取りで減らせる。理由3は初動の設計で溶ける。**この3分類ができると、案件ごとに交渉の余地が読めるようになります。
契約と段取りで、先に決めておくこと
リモート前提で受けるなら、稼働が始まる前に文字にしておく項目があります。あとから揉めるのは、だいたい次の4つです。
- 稼働の測り方 ── 時間で測るのか、成果物で測るのか。リモートだと「いつ働いたか」が見えないぶん、ここが曖昧だと精算でもめます。契約書のどこを読むかは業務委託契約書はどこを読むかにまとめました
- 出社が必要な日の扱い ── 移動時間を稼働に入れるか、交通費を誰が持つか。地方在住で受ける場合は宿泊まで含めて決めます。業務委託の交通費に整理しています
- 連絡の応答時間 ── 「日中は1時間以内に一次返信」のような線を自分から出す。これが理由3への最初の手当てになります
- 指示の受け方 ── リモートだからこそ、ここが論点になります。細かい作業指示が常時飛んでくる形は、業務委託の建て付けとして危うい。偽装請負と、準委任と請負の違いに線の引き方を書きました
4つ目は軽く見られがちですが、リモートは指揮命令の線が見えにくくなる働き方です。「席がないから自由」ではなく、画面越しに常時指示が流れる状態は、席があるより濃い管理になりうるということは、意識しておいて損がありません。
リモートだと単価は下がるのか
結論から書くと、「リモートだから下げる」という理屈に、こちらが乗る必要はありません。
発注側が単価を決めるときに見ているのは、基本的に「その人が何をどれだけ持ち帰るか」です。場所ではありません。にもかかわらずリモートで下がることがあるのは、たいてい次のどちらかです。
- 稼働の測り方が時間になっていて、移動時間ぶんの請求が消えた ── これは値下げではなく、算定式の結果。事前に決めておけば防げます
- 地方在住であることを理由に、相場より低い提示をされた ── これは値下げの交渉です。応じる理由はありません
後者は、はっきり分けて考えたほうがいい。住んでいる場所は、成果物の質と関係がないからです。金額の根拠をどう組み立てるかは独立コンサルの単価相場と単価の決め方に、安く受けてしまう構造については案件を安く受けてしまうときに書きました。
一方で、正直に書いておくべきこともあります。**完全リモートに条件を絞ると、受けられる案件の母数は確実に減ります。**減った母数の中で単価を維持しようとすると、専門性の縦の深さが今まで以上に効いてきます。条件を絞ることと、専門を絞ることは、同時にやらないと成立しにくい。ここは希望的な観測を書きたくないので、そのまま書きます。
当社が置いている条件と、その理由
自分の会社の話も書いておきます。Never Redでは、独立した方に案件をお願いするときの標準的な条件を、**「初回は対面で顔合わせ、以後は月1〜2回の出社、それ以外はリモート」**という形で置いています。
なぜ完全ゼロにしないのか。理由は2つです。
- 最初の一度だけは、対面の情報量が段違いに多い ── 相性も、話し方の癖も、何を気にする人なのかも、初回で分かることが多い
- 月1〜2回の接点があると、理由3の管理の慣性が発生しない ── 定期的に顔を合わせている相手に対して、「見えないから不安」は起きにくい
つまり、完全リモートを目指すより、対面を最小限だけ残したほうが、結果としてリモートの日数が増えるというのが、いまのところの実感です。ゼロにこだわると、相手の不安が別の形で出てきます。
この形は、需要側の会社に条件として提示する場面でも通りやすい。どんな会社が独立した人に発注を出すのかは、当社が需要側を実際に調べた結果を独立コンサルに発注を出す会社の条件に書きました。
案件を探す前に、自分の条件を1行にしておく
最後に、実務的なことを書きます。リモートで受けたい人が最初にやるべきなのは、案件を探すことではなく、自分の条件を数字で1行にすることです。
- 「フルリモート希望」ではなく「月2回までの出社なら可。それ以上は要相談」
- 「地方在住」ではなく「〇〇在住。日帰りで往復できる範囲は関東まで」
- 「週3稼働希望」ではなく「週3稼働。うち1日は他案件と重なるため夕方以降」
数字で書くと、相手が判断できます。曖昧に書くと、相手は判断を保留するか、自分に都合のいいほうに解釈します。曖昧さの解釈権は、いつも発注側にあると思っておいたほうがいい。
この条件は、経歴書にも書いておきます。何をどこに書くと読まれるのかは独立コンサルのスキルシートは、発注側のどこを見られているかにまとめました。
まとめ
- 「フルリモート」は4段階ある。可否ではなく**「直近1か月で何日行ったか」**を聞く
- リモートの向き不向きは案件ではなく工程で決まる。移行と本番稼働をまたぐ役割は、条件が崩れやすい
- 対面を求める理由は3つ。環境の制約は動かない/巻き込みは段取りで減らせる/管理の慣性は初動の報告で溶ける
- 稼働の測り方・出社日の扱い・応答時間・指示の受け方は、始まる前に文字にする
- リモートを理由にした値下げに、応じる理屈はない。ただし条件を絞れば母数は減る。専門を絞ることとセットで考える
- 完全ゼロを目指すより、対面を最小限だけ残したほうが、結果的にリモートの日数は増える
- 案件を探す前に、自分の条件を数字で1行にする
常駐が当たり前だったころに比べれば、選べる幅は間違いなく広がりました。ただし広がったのは「交渉できる範囲」であって、「黙っていてもリモートになる」ということではありません。条件は、こちらから先に置いた人のところに集まります。
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