「独立したい。でも、営業ができる気がしない」。この記事にたどり着いたあなたは、たぶんそう思っている。実務はできる。現場で評価もされてきた。それでも、自分の名前で仕事を取りにいく、自分を売り込む、という一点だけがどうしても怖い。私もまったく同じだった。だから、まずはっきり言っておきたい。営業が怖いのは、あなたが弱いからではない。むしろ、相手にどう見られるかを真剣に考えられる人ほど、怖くなる。この記事では、フリーランスの営業が大の苦手だった私が、独立1年目に「売り込まずに」最初の仕事を得るまでに実際にやったことを、できるだけ正直に書く。怖さを消す話ではない。怖いままでも前に進めるやり方の話だ。

「フリーランスの営業が怖い」の正体は、たぶん"自分を売る"という言葉

まず、怖さの中身を分解したい。多くの人が「営業が怖い」と言うとき、本当に怖いのは営業そのものではなく、「自分を売り込む」という行為だ。値段をつけて、自分はこれだけの価値がありますと言って、断られたら自分の人格ごと否定された気がする。あの感覚が怖い。私もそうだった。会社員時代は、看板の後ろに隠れていられた。「アクセンチュアの浅香です」と言えば、相手はまず会社を見てくれる。打ち合わせで多少こちらが頼りなくても、後ろにファームの実績がついている。ところが独立した瞬間、その看板が消える。残るのは自分の名前だけだ。最初にメールの署名を「Never Red 浅香」に書き換えたとき、文字の見た目は数センチしか変わらないのに、急に裸で外に立たされたような心細さがあったのを、今でも覚えている。

ここで大事なのは、「自分を売る」というイメージそのものが、たぶん間違っているということだ。営業というと、つい、頭を下げて「お願いします、買ってください」と懇願する姿を思い浮かべる。だから怖い。でも、実際に仕事につながった場面を後から振り返ると、私が懇願したことは一度もなかった。やっていたのは、もっと地味で静かなことだった。相手が困っていることを聞いて、自分にできることと、正直にできないことを、そのまま伝えただけだ。売り込んではいない。

つまり、怖さの正体は「営業=自分を安売りして頭を下げること」という思い込みにある。この思い込みを持ったままだと、何をしても怖い。だから最初にやるべきは、話し方のテクニックを覚えることではなく、この定義をいったん壊すことだ。営業とは、自分を大きく見せることではなく、「あなたの困りごとに、私はこう役に立てます」を、等身大で伝えること。これだけ。怖さがゼロになるわけではないけれど、向き合う相手が「自分の価値の証明」から「相手の困りごと」に変わるだけで、心の負担はずいぶん軽くなる。視線の先が、自分から相手に移るからだ。

独立1年目の私が、最初の仕事をどう得たか

では具体的に何をしたのか。きれいごとを抜きにして書く。独立して最初に取れた仕事は、新規開拓ではなかった。前職や、その前の会社で一緒に働いた人からの声かけだった。私の場合はSAP(エス・エー・ピー。会社の会計や購買、在庫などを一本につないで動かす業務システム)の財務会計(会社のお金そのものを記録し管理する領域)まわりの仕事で、「あの領域なら浅香さんだよね」と思い出してもらえたことが入口になった。これは運がよかったのではない、と今は思う。独立する前から、目の前の仕事をていねいにやっていたこと、辞めるときに角を立てずに去ったこと、その積み重ねがそのまま「最初の営業資産」になっていた、ということだ。営業は独立した日から始まるのではない。会社員のうちから、知らずに積み上がっている。

新規の飛び込み営業から始めようとすると、ほとんどの人が心を折られる。知らない相手に、実績の説明から信頼づくりまで全部を一度にやらないといけないからだ。怖さの総量が大きすぎる。だから私が最初にやったのは、いちばん怖くない順番に並べ替えることだった。具体的には、(1)すでに自分を知っている人に「独立しました」と近況を伝える、(2)その人が困っていそうなことを聞く、(3)自分にできそうなら手を挙げる。この三つだけ。知らない相手への新規開拓は、ここで足場ができてから後回しにした。順番を変えただけで、最初の一歩の重さがまるで違った。

ひとつ正直に言うと、(1)の「独立しました」と連絡すること自体、当時の私にはかなり勇気がいった。営業くさいと思われたくない、売り込みだと思われたくない、という見栄があったからだ。送信ボタンの前で、文面を三回くらい書き直した。でも実際に送ってみると、返ってきたのは「おめでとう」と「ちょうど人を探してた」だった。売り込みでも何でもなく、ただの近況報告として受け取ってもらえた。怖さの大半は、相手の反応を最悪に想像した、自作自演だったと後から気づいた。最初の一通を送るまでが、いちばん遠い。送ってしまえば、たいてい悪いことは何も起きない。

売り込まないのに仕事になる、たった一つの理由

「売り込まずに仕事を得る」と言うと、何か特別な裏ワザがあるように聞こえるかもしれない。ない。理由はひとつだけだ。相手が困っていることを先に解決すると、人は勝手にあなたのことを誰かに話したくなる。私が独立1年目に意識していたのは、ほぼこれに尽きる。声をかけてもらった最初の仕事で、契約の範囲を少しだけ超えて、相手が本当に困っていた周辺の論点まで整理して渡した。恩を売るためではない。目の前の業務が片づかないと、結局は自分の仕事も終わらないからだ。すると、その人が別の部署や知り合いに「あの人いいよ」と話してくれた。これが、次の仕事になる。

これは、営業が苦手な人にとって相性のいいやり方でもある。なぜなら、自分のいちばん怖いところ――「初対面の相手に、自分はちゃんとできますと証明する」――を、すでに信頼してくれている人が代わりにやってくれるからだ。あなたは目の前の仕事をちゃんとやればいい。それが、いちばん強い営業になる。SAPコンサルの仕事も、本質は派手なプレゼンではない。相手の経理の現場で何が起きているかを理解して、それを誤りなくシステムの形に翻訳することだ。地味だが、ここをていねいにやる人は、現場で見ていると驚くほど少ない。だから、ていねいにやるだけで覚えてもらえる。

もちろん、紹介や声かけだけで一生食べていけるほど甘くはない。どこかで知らない相手に向き合う日は来る。ただ、その日が来る前に、紹介ベースで実績と自信を少し貯めておくと、新規開拓のときの「自分を証明する」恐怖がかなり小さくなる。一件でも「この仕事をやりきった」という事実があれば、それを正直に話せばいい。盛る必要はない。むしろ等身大の実績のほうが、相手にはまっすぐ伝わる。独立1年目の本当の仕事は、案件を取ることそのものより、この「正直に話せる事実」を一個ずつ増やしていくことだったと、今は思う。営業が怖いという話の入口で読まれることが多い最初の案件を安く受けてしまうのはなぜかも、根は同じところにある。

怖いままでいい。怖さを小さく刻む

それでも怖いものは怖い。これは消えない。私も独立して数年やっているが、初めての相手に提案する前は、今でも少し緊張する。だから、怖さをゼロにしようとしないでほしい。代わりにやるべきは、怖さを「持ち運べるサイズ」まで小さく刻むことだ。一気に「営業しなきゃ」と考えるから、怖くて動けなくなる。そうではなく、今日やることを一個だけに絞る。「今日は、お世話になった一人に近況メールを送る」。それだけでいい。明日は、返事が来たら返信するだけ。営業という大きな塊を、こうやって一通のメール、一本の電話まで分解すると、急に「これならできる」に変わる。

値段を伝えるのが怖い、という人も多いと思う。これは私もずっと苦手だった。自分の単価を口に出した瞬間、相手の顔が曇るのが怖い。でも、これも分解できる。まず相場を調べて、自分の中で「この仕事ならこのくらい」という目安を持っておく。参考までに、SAP関連だと未経験に近い段階で月60〜75万円、経験を積んでプロジェクト管理(進行や品質の責任を担う役割)まで任されるようになると月250〜300万円あたりが一つの目安になる。あくまで目安で、案件の規模や立ち位置、その人の経験で大きく変わるし、保証できる数字でもない。それでも、数字の根っこを自分が持っていれば、伝えるときに声が震えにくくなる。価格の決め方そのものに不安があるなら、独立コンサルの単価の決め方も合わせて読んでみてほしい。値づけは、慣れの問題が大きい。

最後に、いちばん伝えたいこと。フリーランスの営業が怖いのは、あなたが真面目で、相手のことを考えられる人だからだ。その性質は、独立してから最大の武器になる。雑に売り込んでくる人より、相手の困りごとを静かに聞ける人のほうが、長く選ばれる。私はこれを、頭で理解しているのではなく、現場で何度も見て確信している。怖さは、才能の裏返しだ。怖いまま、一通のメールから始めればいい。完璧に怖くなくなる日は、たぶん来ない。それでも、怖いまま動いた人だけが、次の景色を見る。私もまだ、その途中にいる。