独立してから最初に困ったのは、案件でも税金でもありませんでした。自分が何をやってきた人なのかを、社外の人に説明できなかったことです。

社内では説明が要りませんでした。プロジェクト名を言えば規模も難易度も伝わるし、役割名を言えば責任範囲も伝わる。ところが外に出た瞬間、その言葉が全部通じなくなります。 固有名は出せない。社内の等級名は意味を持たない。残るのは「大きい会社のシステム導入をやっていました」という、何も言っていないに等しい一行です。

この記事は、独立準備の全体像ではありません。準備の順番は独立準備は何からに、辞める時期の判断は独立するタイミングにあります。ここでは**「実績をどう取って、どう書いておくか」の1点だけ**を扱います。

社内評価と、独立後の実績は、別物

まず身も蓋もない前提から。

社内で高く評価された実績が、そのまま独立後の単価の根拠になることは、あまりありません。

社内評価は、その会社の基準で相対的に付いています。同じ働きでも会社が違えば評価は変わる。外の人はその基準を知らないので、「高く評価された」という情報を受け取りようがない。

外の人が知りたいのは一つだけです。「うちの状況で、この人は何をしてくれるのか」。ここに答えられる実績だけが、根拠として機能します。

単価の根拠になる実績の、3条件

私が自分の記述を作り直すときに使った条件が3つあります。この3つを満たしていない実績は、書いても効きません。

条件1:自分の判断が入っている

「参画した」「担当した」は実績ではありません。その場で何を決めたかが入って初めて実績になります。

決めた内容が小さくても構いません。「この機能は標準に寄せて、業務側を変える判断をした」でいい。判断が入っていれば、発注する側は似た局面で同じことを頼めるかを想像できます。

条件2:数字ではなく、差分が言える

実績というと金額や人数を書きたくなりますが、その数字はあなたの成果ではなく、会社の規模の話であることが多い。しかも大半は外に出せません。

代わりに書けるのが差分です。入ったときにどうなっていて、出るときにどうなっていたか。 「月次の締めが止まりがちだった状態から、担当が交代しても回る手順に落とした」。金額を一つも書かずに、何をした人かが伝わります。

条件3:固有名を出さずに書ける

これが一番の関門です。社名も、システム名も、案件名も出せない。秘密保持契約の範囲は退職後も続きます。

出せないものを消したあとに何も残らないなら、その実績はまだ実績の形になっていません。 逆に言えば、固有名を消しても残る部分こそが、あなたの持ち物です。

在職中にしか取れない、4つの記録

ここからが本題です。以下の4つは、辞めたあとでは取れません。 記憶が薄れるからではなく、その場にいないと分からないからです。

1. 判断の記録

いつ、何を、どういう理由で決めたか。議事録には結論しか残っていないことが多く、「なぜその選択肢を捨てたか」はどこにも残りません。 ここが一番価値があります。捨てた案を覚えているのは当事者だけです。

私は在職中、これをやっていませんでした。独立してから思い出そうとして、細部が出てこなくて苦労しています。

2. 失敗の収束のさせ方

うまくいった話より、壊れかけたものをどう戻したかのほうが、発注側には刺さります。彼らが人を呼ぶのは、たいてい何かが壊れているときだからです。

ここも社内では「そういうこともあった」で流れていきます。何が原因で、誰を巻き込んで、どの順番で戻したか。戻した順番まで書ける人は少ない。

3. 自分の役割の境界

どこからどこまでが自分の担当で、どこからは別の人がやっていたか。独立後、これを曖昧にしたまま話すと、必ず初回の打ち合わせで齟齬が出ます。 できないことを頼まれてしまう。

境界を正確に書けることは、能力の証明でもあります。役割の線が見えている人だと分かるからです。

4. 社外の言葉への言い換え

社内語を外の言葉に直す作業です。「◯◯プロジェクトのFI担当」ではなく「製造業の基幹システム刷新で、会計領域の設計と稼働後の運用移管まで」。

この言い換えは、まだ社内にいるうちのほうが正確にできます。 辞めてからだと、記憶が丸くなって粒度が粗くなる。

根拠にならない書き方、5つ

自分と、周りの人の職務経歴書を読んできて、繰り返し出てくる型があります。

  1. 役割名だけを並べる(「PMO」「リーダー」)──何をしたかがゼロ
  2. 規模の数字だけを書く(「大規模プロジェクト」「多数のメンバー」)──会社の規模であって本人の話ではない
  3. 工程名を時系列で並べる(「要件定義〜稼働後保守まで一貫して」)──全員が同じ文になる
  4. 成功だけを書く(失敗が一つも出てこない)──かえって当事者性が薄く見える
  5. やったことの網羅(できることを全部書く)──読む側は絞り込めない

5つに共通しているのは、読んだ人が「うちの状況で何を頼めるか」を想像できないという一点です。

直し方は、1行の中に「判断」を入れるだけ

型は単純です。状況 → 自分が決めたこと → 結果として変わったこと、を1行に入れます。

  • 直す前:「基幹システム刷新プロジェクトにて、会計領域のリーダーを担当」
  • 直したあと:「基幹システム刷新で会計領域を担当。現場ごとに違っていた締めの手順を標準側に寄せる判断をし、担当者が代わっても月次が止まらない形にして引き渡した」

長さは倍になりますが、読む側が想像できる情報が入ったのは後者だけです。この密度で3本あれば足ります。10本並べる必要はありません。

外に出す様式そのものの話はスキルシートで最初に読まれる3項目に書きました。読まれる欄は限られているので、直す優先順位はそちらを見てください。

守秘に触れずに書く、置き換えの型

固有名を消しても情報が残るように、属性に置き換えます。

出せないもの置き換え
会社名業種+おおよその規模(「製造業・国内複数拠点」)
プロジェクト名目的(「基幹システムの刷新」「決算の早期化」)
期間の特定年ではなく長さ(「約2年」)
社内の等級名実際の役割(「会計領域の設計責任」)
固有の障害事象事象の型(「稼働直後に月次が締まらない状態」)

置き換えたあとで、元の会社の人が読んだら特定できてしまわないかを一度だけ確認します。業種・規模・時期の3つが揃うと特定されやすいので、どれか一つを粗くします。

判断に迷う場合は、書かない。実績を1本減らすことより、守秘を踏むことのほうが高くつきます。

辞める前の3か月で、この順番でやる

現実的な段取りにします。

  1. 1か月目:棚卸し。 関わった案件を全部書き出す。この時点では社内語のままでいい
  2. 2か月目:3本に絞り、判断と失敗を掘る。 上の「4つの記録」を、その案件に関わった人が社内にいるうちに書き足す
  3. 3か月目:固有名を消して書き直す。 消したあとに何も残らない実績は、この時点で捨てる

3か月と書きましたが、着手が早いほど精度が上がります。 辞めると決めていなくても、条件1〜3を満たす形で書けているかを一度確認しておくと、年齢で選択肢が減り始めたときに慌てずに済みます。

実績が揃うと、単価の話し方が変わる

最後に、なぜここに時間をかけるのかを書いておきます。

独立後の単価は、相場を調べても決まりません。単価の決め方に書いたとおり、自分の数字から積み上げるものです。ただし積み上げた金額を相手に納得してもらう場面では、必ず実績が要ります。

「経験年数が長いので」では通らない。「この局面でこう決めた経験がある」なら通る。単価交渉で効くのは、交渉の技術より前に、説明できる実績があるかどうかでした。

まとめ

  • 社内評価と、独立後に使える実績は別物
  • 使える実績の条件は、判断が入っている・差分が言える・固有名なしで書けるの3つ
  • 在職中にしか取れないのは、判断の記録・失敗の収束・役割の境界・社外語への言い換え
  • 直し方は「状況→決めたこと→変わったこと」を1行に入れるだけ
  • 迷ったら書かない。守秘を踏むほうが高くつく

辞めてから実績を作ることはできません。いま社内にいる時間そのものが、独立後の材料です。


※本記事は独立した個人の経験にもとづく整理です。秘密保持義務の範囲は契約や社内規程ごとに異なります。記載可否の判断に迷う場合は、在職中の契約書と就業規則を確認してください。