独立の相談を受けていて、いちばん多く出てくる不安はお金ではありません。「自分に仕事が来るのか」です。

そしてその不安の中身をほどいていくと、ほぼ全員が同じ絵を思い浮かべています。**前職の同僚や上司、当時のクライアント。**あの人たちから声がかかるかどうか。独立するかしないかの判断が、この一点で止まっている人はとても多い。

私自身、独立して最初に決まった案件は、前の職場で一緒に働いた人からの一本の連絡でした。飛び込みで送った問い合わせや交流会からは一件も決まりませんでした(このあたりは独立コンサルの案件の取り方に書いています)。だから「前職の関係が効く」という話自体は、私の実感としても本当です。

ただ、**効くのは「前職の関係」全体ではありません。**その中のごく一部だけです。そして、どれが効く一部になるかは、独立を決めてから頑張って変えられる部分と、辞める前にほぼ決まってしまう部分に分かれています。

この記事は、そこを分ける話です。

「人脈がある」は、独立後には測れない言葉

まず、この言葉を一度捨てたほうがいいと思っています。

「人脈がある」と言うとき、たいていは接点の数を数えています。名刺の枚数、連絡先に入っている人数、飲みに行ける相手の数。会社にいる間は、この数が多いほど仕事は回りやすい。社内で何かを頼むときに効くからです。

ところが独立すると、この数がほとんど意味を持たなくなります。理由は単純で、独立後に必要なのは「頼む」ことではなく「発注される」ことだからです。社内で協力してもらう関係と、社外にお金を払って依頼する関係は、別物です。

だから測り方を変える必要があります。数ではなく、次の3つが揃っているかどうかで見る。

前職の関係が案件になる、3つの条件

私が実際に案件になった経路をさかのぼって共通点を探すと、この3つに落ちました。

条件1|相手が、発注できる立場にいるか

外部に払う予算を持っているか、少なくとも「この人を呼びましょう」と言える場所にいるか。ここが抜けていると、どれだけ仲が良くても案件にはなりません。相手も動きようがないからです。

同期や後輩は、関係としては近い。でも発注の決裁からは遠いことが多い。逆に、当時あまり親しくなかった部長のほうが、独立後は現実的な相手になる。近さと、発注できる位置は、別の軸です。

条件2|相手が、自分の仕事の中身を実際に見ているか

一緒の会議に出ていた、ではなく、自分が何をどこまでやったかを見ていたかです。

外部に発注する側からすると、いちばん怖いのは「頼んだ人がハズレだったとき」です。知らない人に頼むのは賭けになる。ところが仕事ぶりを見ている相手なら、その賭けが小さくなる。**前職の関係が強いのは、この一点だけが理由です。**懐かしさでも、義理でもありません。

ここが揃っていない相手には、独立後にどれだけ連絡しても、結局こちらの実力を一から説明することになります。それは知らない人への営業と同じ作業です。

条件3|辞めたあとに、接点が残っているか

そして3つ目。ここだけが、辞めたあとに自分で作れる部分です。

条件1と2が揃っていても、**相手があなたがいま何をやっているかを知らなければ、思い出しようがありません。**発注する場面が来たときに、頭の中に名前が出てこない。それだけで終わります。

条件決まる時期自分で動かせるか
1. 相手が発注できる立場にいる相手のキャリア次第ほぼ動かせない
2. 相手が仕事の中身を見ている在職中に決まる辞めたあとには変えられない
3. 辞めたあとに接点が残っている退職後ここだけ動かせる

この表が、この記事で言いたいことのほとんどです。**3つのうち2つは、辞める前に終わっています。**独立してから「人脈を作る」と言っても、増やせるのは3だけ。だから独立を考え始めた時点で、まず自分の1と2の在庫を数えるほうが早い。

辞め方で決まってしまう部分

条件2は在職中に決まる、と書きました。もう少し正確に言うと、辞め方までを含めて決まります。

私が独立するときに意識したのは、次の3つでした。

1|引き継ぎを、最後の一件まで自分で終えた

これは打算というより、単に途中で放り出すのが嫌だっただけです。ただ結果として、辞めたあとに残ったのは「最後まできちんとやる人」という記憶でした。**発注は、その記憶に対して出ます。**成果の大きさより、締め方のほうが覚えられている。これは独立してから何度も実感しました。

2|辞める理由を、不満の形で説明しなかった

会社への不満は、どんな辞め方をしても多少はあります。ただ、それを退職時に配って回ると、聞いた側には「不満で辞めた人」として残ります。

これは印象の問題だけではありません。あとで発注する立場になったとき、社内に「あの人に頼みましょう」と提案しにくくなるからです。発注する人は、社内で説明できる相手を選びます。

3|伝える順番を間違えなかった

直属の上司より先に他の人に伝わる、という形にしない。当たり前のようで、独立の話は嬉しくてつい先に言ってしまいがちです。順番が崩れると、その一件だけで関係が冷えることがあります。

一方で、**在職中に前職の顧客や部下へ声をかけることは、私はしませんでした。**独立準備でやったのは、前職の資料を1枚も持ち出さないことと、在職中に前職の顧客へ声をかけないことの2つだけです。この線引きの理由と、法律としてどこまでが問題になるのかは、競業避止義務のほうに分けて書いています。本記事では扱いません。

辞めたあとの接触の作り方で決まる部分

ここからが、独立を決めたあとに動かせる唯一の部分です。

前職の人から仕事が来るかどうかは、**独立の連絡を出したかどうかでは決まりません。**独立直後の挨拶は、ほぼ全員が出します。差がつくのはその先です。

用件のない連絡を、どう出すか

いちばん難しいのがこれです。「仕事をください」とは言いたくない。かといって、何も用件がないのに連絡するのは気が引ける。ここで止まる人が本当に多い。

私がやったのは、相手に何かを頼むのではなく、自分の側の情報を出すことでした。いま何の領域をやっているか、どういう関わり方をしているか。それだけを短く送る。返信が要らない形にする。

これは営業ではありません。相手の頭の中に、自分の現在地を置きに行く作業です。発注する場面が来たときに名前が出てくるかどうかは、この一手で決まります。

やらないほうがよかったこと

逆に、効かなかった動きも書いておきます。

  • 一斉送信の独立挨拶だけで終える — 出した本人は連絡した気になりますが、受け取る側には「案内が来た」以上の意味が残りません
  • 「何かあればお願いします」で閉じる — 何かが具体的に何なのかが相手に伝わらないので、相手は何も思い出せません
  • 忙しい時期に接点を全部閉じる — 稼働で埋まっている数か月の沈黙が、半年後の空白月を作ります

3つ目は、独立してからいちばんこたえた学びでした。案件が埋まっているときこそ止まってはいけない、という話は案件の取り方にも書きましたが、前職の関係についてはより顕著です。在職中の記憶は、時間とともに薄れるからです。

相手の側では、何が起きているのか

ここまでは自分の側の話でした。発注する側から見ると、景色が少し違います。

前職の同僚があなたに仕事を出すとき、その人は社内で説明することになります。「知り合いだから」では通りません。稟議なり、上長への口頭説明なりで、なぜこの人なのかを言う必要がある。

このとき使われるのは、たいてい次のどれかです。

  • 前職で、この領域を最後まで担当していた人だから
  • 社内に、いま同じことができる人がいないから
  • 短期で入ってもらえる形にできるから

つまり相手は、**あなたの人柄ではなく「社内で通る理由」を探しています。**だから独立後の近況連絡でも、伝えるべきは「元気にやっています」ではなく、いまどの領域で、どういう関わり方をしているか、なのです。相手に理由の材料を渡す作業だと考えると、書く内容が決まります。

もうひとつ、タイミングの話があります。発注は、思い出したときではなく、予算と必要が同時に立ったときに出ます。相手の側の事情なので、こちらからはコントロールできません。できるのは、その瞬間に名前が頭にあるかどうかだけです。

だから接触は、強さではなく間隔の問題になります。強い一撃を年に1回入れるより、弱い接触を何度か置くほうが、必要と予算が重なる瞬間に当たる確率が上がる。私はこれを、独立して2年目くらいにようやく理解しました。

前職の会社そのものが発注元になる場合

同僚個人ではなく、前職の会社が発注元になるケースもあります。これは条件がかなり違うので、分けて書きます。

違いその1|相手はあなたの社内単価を知っている

会社員時代の給与や、社内での等級を知っている人が交渉相手になります。すると、こちらが出した金額に対して「前はこのくらいだったよね」という物差しが働きます。

これは避けようがありません。できるのは、会社員のときの人件費と、外部に払う費用は別のものだと最初に置くことです。外部への発注には、社会保険も、教育も、稼働していない月の給与も含まれていません。買っているものが違います。値付けの考え方そのものはコンサル単価の決め方に分けました。

違いその2|辞めた経緯が、そのまま条件に効く

引き継ぎが中途半端だった、辞め方でもめた。そういう記憶が残っていると、金額の前に感情の調整が入ります。逆に円満なら、話が驚くほど早い。辞め方が単価に効くというのは、この局面のことです。

違いその3|契約の範囲を、こちらから書かないと決まらない

前職の会社は、あなたが何でもできることを知っています。だから範囲が広がりやすい。「ついでにこれも」が積み上がって、気づくと会社員のときと同じ守備範囲を、業務委託の報酬でやっていることがあります。

ここは最初に線を引くしかありません。契約書のどこを見るかは業務委託契約書のチェックに、そもそも受けるべき案件かの判断はフリーコンサルの案件の選び方に書いています。

実名で数える、という作業

条件1と2が揃っている相手を実名で数える、と書きました。これは思っているより具体的な作業です。

紙に、次の3列を書きます。

名前発注できる位置か自分の仕事を見ていたか
(実名)予算を持つ/提案できる/どちらでもない一緒に手を動かした/会議で同席しただけ

やってみると、たいてい2つのことが起きます。

**1つ目。思ったより人数が少ない。**連絡先には何百人いても、両方に丸がつくのは一桁のことが多い。これはショックですが、正確な現在地です。

**2つ目。意外な名前が残る。**親しくなかったけれど、こちらの仕事ぶりを近くで見ていて、いまは発注できる位置にいる人。この列に残った人が、実務では効きます。

私自身の感覚を書くと、**両方に丸がつく人が数人でも、独立の初年度は動きました。**多ければ多いほど安心ですが、数十人必要という話ではありません。これは私一人の経験からの目安であって、統計ではありません。ただ、数えられる形にすること自体に意味があります。足りているかどうかが分からない状態が、いちばん判断を止めるからです。

数えてみて足りないと感じたなら、それは悲観する材料ではなく、まだ在職中に条件2を上乗せできるという意味です。次の異動、次の案件で、誰の目の前で仕事をするかを選べる。

連絡が来なかった側の話も、正直に書く

私の場合、独立して声をかけようと思って結局かけられなかった相手が、それなりの数いました。

理由は毎回同じで、辞めたあとに一度も接点を作っていなかったからです。1年空いてから急に連絡すると、その連絡自体が用件を持ってしまう。用件のある連絡は、相手に判断を迫ります。判断を迫られた相手は、たいてい丁寧に断ります。

つまり来なかったのではなく、来る条件を自分で消していたというのが正確なところです。ここは精神論ではなく、単に順番の話でした。

もうひとつ。前職と近い領域の話が来たとき、独立して最初の半年は毎回一瞬止まっていました。受けていいのかどうかが自分の中で決まっていなかったからです。**この迷いは、案件を逃す形で実害になります。**先に線を引いておくべきでした。

実際にやる順番

整理すると、やることは時期ごとに分かれます。

辞める前

  1. 条件1と2が揃っている相手を、実名で数える。数十人は要りません。私の場合は、両方に丸がつく人が数人でも初年度は動きました(統計ではなく、私一人の経験からの目安です)
  2. 引き継ぎの終わらせ方を決める。ここが条件2の最後の上乗せになります
  3. 雇用契約書と誓約書の競業避止条項を読む。範囲と期間を確認しておく(競業避止義務

辞めた直後

  1. 独立の連絡は出す。ただし、これは起点であって成果ではないと理解しておく
  2. 前職の顧客に自分から声をかけるかどうかは、契約書の範囲を見てから決める

その後、継続的に

  1. 用件のない近況連絡を、間隔を空けて出し続ける。返信を求めない形で
  2. 稼働が埋まっている月ほど、この連絡を止めない

引き止めの場面に入っている方は、辞め方そのものの設計が先になります。そこはコンサルの独立を引き止められたときに分けました。前職の関係だけでは埋まらない部分をどう作るかは、フリーコンサルの案件は、どこから来ているのかで経路ごとに整理しています。

まとめ

  • 独立の不安の中身は、たいてい「前職の人から声がかかるか」に集約されている。実際、私の最初の案件も前職で一緒に働いた人からの連絡だった。
  • ただし効くのは前職の関係全体ではない。案件になるのは、①相手が発注できる立場にいる ②相手が仕事の中身を見ている ③辞めたあとに接点が残っているの3つが揃った相手だけ。
  • **3つのうち2つは、辞める前に決まっている。**独立後に増やせるのは③だけなので、独立を考えた時点で①②の在庫を実名で数えるほうが早い。
  • 条件②は、辞め方まで含めて決まる。引き継ぎを最後まで終える/辞める理由を不満の形で配らない/伝える順番を崩さないの3つが、そのまま記憶として残る。
  • 在職中に前職の顧客や部下へ声をかけることは、この記事の範囲外。契約と法の話は競業避止義務に分けている。
  • 発注する側は、人柄ではなく社内で通る理由を探している。だから近況連絡で渡すべきは「元気にやっています」ではなく、いまどの領域で何をやっているか。
  • 発注は思い出したときではなく、予算と必要が同時に立ったときに出る。だから接触は強さではなく間隔の問題になる。
  • 前職の会社そのものが発注元になる場合は条件が違う。相手は社内単価を知っている/辞めた経緯がそのまま条件に効く/範囲をこちらから書かないと広がり続ける。
  • 数える作業は具体的にやる。実名 × 発注できる位置か × 仕事を見ていたかの3列。人数は思ったより少なく、意外な名前が残る。
  • ③で効くのは独立の挨拶ではなく、用件のない近況連絡を、返信不要の形で出し続けること。相手の頭の中に現在地を置く作業。
  • 効かなかったのは、一斉送信で終える/「何かあればお願いします」で閉じる/忙しい時期に接点を閉じる、の3つ。
  • 連絡が来ないのではなく、**来る条件を自分で消していることが多い。**1年空けてからの連絡は、それ自体が用件になって相手に判断を迫る。

「人脈があるかどうか」を悩んでいる間は、たぶん答えは出ません。数えられる形に直した瞬間に、足りているのか足りていないのかが分かります。そして足りていないと分かったなら、それは辞める前に手を打てる時間がまだ残っているということです。

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※本記事は筆者自身の独立時の経験と、その後の実務に基づく整理です。他者の事例は記載していません。前職との契約上の制約は個別の文言によって判断が分かれるため、実際の対応はご自身の契約書を確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。