独立して最初にぶつかるのは、たぶん仕事の中身ではなく「いくらで受けるか」です。見積もりの欄に金額を打ち込もうとして、手が止まる。高く出して断られるのが怖い。かといって安すぎても自分が惨めになる。結局、相手が口にした額をそのまま飲んでしまう。

正直に書きます。私自身、会社を辞めて最初に受けた案件を、相場よりかなり安く受けました。そして、それを今でも独立1年目の一番の後悔として覚えています。この記事は、その失敗を踏まえて、「なぜ独立したての人ほど安く受けてしまうのか」という構造と、「フリーランスの単価で損をしないために、値付けの前に何を考えておくべきか」を、きれいごと抜きでお話しするものです。具体的な金額の決め方そのものは別の記事に譲り、ここでは“その手前で何が起きているか”に絞ります。

私が最初の案件を安く受けて、ずっと引きずった話

独立して間もない頃、知り合い経由で声をかけてもらった仕事がありました。SAP(企業の会計や購買、在庫などを一本につないで動かす業務システム)の財務会計まわりの支援です。私が長くやってきた領域そのものでしたから、会社員時代の感覚からすれば相応の金額がつく仕事だと、頭では分かっていました。

それでも私は、相手が先に口にした金額に、その場でうなずいてしまった。理由は単純で、「断られて、手元の仕事がゼロになるのが怖かった」からです。会社という後ろ盾が消えた直後で、毎月決まって振り込まれるものがない、口座の残高が減るだけの感覚に、まだ体が慣れていなかった。最初の1件を取り逃すことが、独立そのものの失敗のように思えてしまったんです。

始めてみると、求められる責任も成果も、会社員時代と一ミリも変わりませんでした。むしろ「外から呼ばれた専門家」として、社内の誰よりきちんと答えを出すことを期待されていた。それなのに受け取る額は会社員時代の手取りの感覚を下回っていて、契約の終盤には「この働きで、この金額か」という小さな引っかかりが、自分の中でずっとくすぶっていました。お金そのものより、自分の仕事を自分で安く値踏みしてしまったという事実のほうが、あとからじわじわとこたえました。

なぜ独立1年目は、フリーランスの単価を安く出してしまうのか

先に言っておきたいのは、「気が弱いから安く受けた」という話ではない、ということです。安く受けてしまうのには、ちゃんとした構造があります。自分を責める前に、まずその構造を知ってほしい。

ひとつ目は、独立直後ほど「次の仕事がない恐怖」が一番大きい、という時期の問題です。案件が一本もない状態で出す見積もりと、いくつか回っている状態で出す見積もりは、同じ金額でも重みがまったく違う。前者では、目の前の1件を失うことが致命傷に感じられて、価格を下げてでも確実に取りにいきたくなる。これは性格ではなく、置かれた状況がそうさせます。

ふたつ目は、自分の値段を知らないことです。会社員のとき、自分の働きがいくらの売上を生んでいたかを正確に把握している人は、ほとんどいません。給料の額は知っていても、その何倍もの請求が会社の名前で取引先に立っていた事実は、自分の目には見えない。だから独立した瞬間、「自分の手間賃は、本当はいくらなのか」という相場の物差しを持たないまま、値付けをすることになる。フリーランスの単価でつまずく人の多くは、能力が足りないのではなく、この物差しを手にしていないだけです。

みっつ目は、「安くしておけば気に入られて、次につながる」という期待です。気持ちは痛いほど分かります。でも実際は、逆に働くことのほうが多い。安い人は「安く頼める人」として記憶され、その金額が次の基準になってしまう。値上げを切り出す“ちょうどいいタイミング”は、待っていても永遠に来ません。安さは関係を温めるどころか、自分を安い枠に固定してしまうんです。

安く受けることの、見えにくい二つのコスト

「最初だけ安くして、あとで上げればいい」。私もそう思っていました。でも、この発想には見えにくいコストが二つあります。

ひとつは、いま書いたとおり、最初に出した金額が“あなたの定価”になってしまうこと。業務委託(雇わずに仕事ごとに契約する働き方)の単価は、一度提示した額が、相手の頭の中で基準として固定されます。同じ相手に次から大きく上げるのは、想像以上に気まずく、難しい。結果として、安く受けた最初の1件が、その後の何件分もの単価を、後ろから引きずり下げることになります。

もうひとつ、もっと静かに効いてくるのが、自分の内側のコストです。納得していない金額で働き続けると、仕事への気持ちが少しずつ削れていく。「この額なのに、ここまでやるのか」という引っかかりは、相手に直接ぶつけられない分、自分の中にたまっていく。プロとして一番こわいのは、その不満が、手を抜く言い訳になってしまうことです。安く受けた仕事ほど、最後まで気持ちよく仕上げきれない。これは能力の話ではなく、人間の気持ちの話です。

念のため付け加えると、安く受けること自体が常に悪、という話ではありません。まだ実績が何もない段階で、自分の実績の見本(ポートフォリオ)や信頼を作るために、戦略として価格を抑えるのはありえます。問題なのは、戦略として下げたのか、ただ怖くて下げたのか、自分でも区別がついていない状態です。要は「下げる理由を、自分の言葉で説明できるか」。それさえ言えるなら、安く受けることは投資になります。言えないなら、それはただの消耗です。

損しないための、値付けの“手前”の考え方

具体的な金額の組み立て方は独立コンサルの単価の決め方にまとめたので、ここでは“その手前”で持っておきたい考え方を三つだけ。

ひとつ。値付けは、自分の価値を採点される試験ではありません。これは、自分と相手の取引条件をすり合わせる交渉です。提示した金額が高すぎて断られたとしても、それは「あなたの価値が否定された」のではなく、「この相手とは、たまたま条件が合わなかった」だけ。この区別がつくと、断られることが一気に怖くなくなります。自分の人格と、一回ぶんの見積もりを切り離す。これが最初の一歩です。

ふたつ。価格は「自分の生活と事業がいくらで回るか」から逆算する、という発想を持っておくこと。相手の予算に合わせて下から積み上げるのではなく、自分が独立を続けていくのに必要な金額を先に置いて、そこから考える。安すぎる仕事をいくつ重ねても生活が回らないのなら、それは“仕事を取れている”状態ではなく、忙しく動きながらゆっくり消耗している状態です。フリーランスの単価は、相手を気づかうための数字ではなく、自分が事業を続けるための数字なんです。

みっつ。一本の案件に、生活のすべてを乗せない。安く受けてしまう最大の理由が「この1件を、絶対に失えない」という恐怖なら、その恐怖は構造で減らすしかありません。声をかけてもらえる先を少しずつ増やし、収入の入り口を一本に絞らない。営業が苦手なら、まずはそこから少しずつでいい(フリーランスの営業が怖い人へに、私なりの向き合い方を書きました)。ほかにも選択肢があると分かっているだけで、見積もりに書ける金額は、不思議と一段上がります。怖いのは値段ではなく、退路のなさのほうです。

それでも、金額を打ち込む手が止まったら

ここまで構造の話をしてきましたが、最後は気持ちの話です。理屈で分かっても、いざ見積もりを送る瞬間は、やっぱり手が止まる。正直に言えば、私も今でも、大きな金額のときは送信ボタンの前で一拍ためらいます。慣れて平気になる、というより、怖さと一緒に押せるようになるだけです。

そういうとき私が思い出すのは、「いま自分が値切った金額は、未来の自分への請求書になる」ということです。怖くて下げたぶんは、消えてなくなるわけではない。次に同じ相手と向き合うときの重しになって、必ず戻ってくる。逆に、勇気を出して適正な額を一度きちんと提示できれば、それはこの先ずっと、あなたの基準を内側から支える土台になります。

それと、もうひとつ。値付けに迷うのは、あなたが手を抜いていないからです。自分の仕事に責任を持っているからこそ、それにいくらの値をつけるかで悩む。その迷い自体は、プロとして悪いものではありません。大事なのは、その迷いを「だから安くしておこう」で終わらせないこと。怖さは、無理に消さなくていい。怖いまま、それでも一度だけ、適正だと思う金額を打ち込んでみる。最初の一回さえ越えれば、二回目はずっと楽になります。私の独立1年目の一番の後悔は、その最初の一回を、怖さに負けて飛ばしてしまったことでした。あなたには、同じ後悔をしてほしくないんです。